蘭の花(キンリョウヘン)がミツバチを呼んだ(その2)
(前号からつづく)
一夜が明けて、我が庭の箱へ来たミツバチ集団(写真はキンリョウヘンを取り去る前の巣箱)は、だいぶ落ち着いたように見える。働きバチが黄色の花粉を運び込むのが度々見られるようになったので、女王が産卵を開始したらしい。花蜜とちがってタンパク質を多く含む花粉は産卵のために欠くことのできない糧である。ということでまずは一安心。ところが、隣家Kさんの庭の巣箱では、残念なことに出入りが途絶え中は空っぽ。もともと小さな集団だったから本隊を追って逃げたのかもしれない。
マキノ町の内でニホンミツバチ飼育をやる人がほとんどいなくなっている。最近まで飼っていたがやめたという人もいる。タンポポ、菜の花、桜、ツツジと、季節の花の主役はどんどん変わり行く日々だが、ミツバチの姿を花の周辺に見出す機会がごくまれになった。花々だけが一面に咲き誇るのを目にしても、私には不気味な光景に思えてくることがある。しかし1、2か月前のことだが、10頭ほどのニホンミツバチが庭のビワやサクランボの花に来て花蜜を採っているのを目にしたことがあった。動き回るミツバチたちを見るのは本当に久々のこと。そのハチの帰る方向を見定めようと木の下に立ち尽くしたおかげで、彼女らはほぼ西の方向を目指して帰り、また逆にそちらから新手が来るのが分かった。これは勘みたいなものだが、近くの廃屋のある一帯が怪しげに思えた。実際、その家のそばに、こぼれ種から広がった貧しい菜の花畑の中に、ニホンミツバチを見かけることがあったから。近くに隠れ住むハチたちの群れから、分蜂(巣別れ)になってキンリョウヘン目当てで来てくれたのでは、と勝手な想像を広げた。
キンリョウヘンは小さな花をたくさんつける。その花の一つ一つは、犬があくびをして出した大きな舌のような唇弁が目立つ。花蜜はないが花外蜜腺(花以外のところで蜜が分泌される)をもつ。しかしミツバチはそれを利用できない。花粉は塊でハチの背中にくっつくのでこれもダメ。なんとも喰えない蘭だ!キンリョウヘンがハチをどのようにして集めるのだろうか。それにはどんな意味があるのだろうか?その点について詳しく書かれた本(*)があったのを思い出して読み直した。この分野の最先端を行く研究者によるスリリングで面白い記述と写真が満載されている。独創的な実験も読んでいて楽しい。キンリョウヘンは、集合フェロモンみたいな誘引作用を持つ2成分を出してハチを呼び寄せる戦略をとっているらしい。だが、その上を行く2刀流の使い手が、NHKの科学番組『ワイルドライフ』などで紹介されたハナカマキリ。このハンターは、花の形と色に似せた姿で昆虫を呼び寄せ捕食する。加えて、キンリョウヘンの花と同じ2成分を発散してミツバチを誘いこみ捕食するという。昆虫と花の間に繰り広げられる駆け引きの世界を知るにつけ、想像も及ばないような自然の巧妙さと奥深さをいまさらのように感じた。(タイサク)
(* 菅原道夫著『比較ミツバチ学 ニホンミツバチとセイヨウミツバチ』東海大学出版部)