ミツバチは優れた建築家(その1)
庭のニホンミツバチの巣箱を観察窓から覗く(のぞく)と、巣板の表面では働きバチが忙しそうに行き来し、小さい六角形の穴(蜜や花粉を貯めるほか蜂児も入るので巣房という)に頭を突っ込んでは何やらしている。厳しく長い冬を迎えるための蜂蜜などの貯蔵に余念がないのだろう。巣房の内にキラリと光るものが見えるのは蜂蜜なのか。
ミツバチの暮らしを支える巣そのものは昔からその構造ゆえにいろんな人の関心を惹いてきた。ミツバチの巣(ハニカム honeycomb)は六角形の巣房の集合からなる構造物だ(honey+comb でハニカム、comb はクシ状のものをいう)。この精巧で複雑そうな構造がどのように作られるのかというのが昔から謎としてある。
以前、我が家のニホンミツバチの巣箱で、その住人たちの逃げ出た後には掌の大きさくらいの巣板が残されていたことがあった(写真)。ほぼ 3 日の間にこれだけのものを作り上げていた。それを手に取ってみたら、軽いがしっかりした造りである。巣房のほとんどが水平方向にではなくやや下向きに突き出しているのがニホンミツバチの特徴(セイヨウミツバチでは逆に少し上向き)になっている。巣板の壁面では働きバチたちが上向き(セイヨウミツバチは下向き)の姿勢を取る傾向があるので、蜂蜜濃縮や蜂児の世話など作業をしやすいと、ニホンミツバチに詳しい久志さん(故人)は解説している。ハチの巣が実用面でも使い勝手がよいように微妙にデザインの手が加えられているのには驚かされる。
1 枚の巣板はその両側の面に巣房の群のパターンをもついわば「両面印刷」である。写真でも見られるように、巣板にあるそれぞれの小さな六角形の巣房の中に、プロペラのような三ツ星がのぞいている。これは、裏側に表と同じように作られたシートの六角形の一部(頂点付近)が透けて見えていることによる。つまりそれぞれの巣房は底部に三つ叉(Y 字型)の支えをもつ構造になっていて丈夫な隔壁をもつ。このように、幾何学的に精巧に、また力学的にも強度をもって作られ、機能的でコストも安上りな「建築物」をミツバチがいとも簡単に作っているのには驚嘆させられる。
ミツバチがハニカムを作る方法には主に 2 つの考え方がある。
1、働きバチは自ら分泌した蜜ロウ(ワックス)でカップ状の円筒を身の回りに作る。ハチの発する体温でロウが熱い状態では、円筒が周りの(お隣りさんたちが作った)円筒とくっついて引き合い、六角形の筒としてそれぞれが並びあって安定するという説(ロウのもつ塑性と表面張力による物理的性質が主因とみる)。
2、ハチはそれぞれが技術能力の高いエンジニアで、穴の形や深さを計測しながら単純な作業で組み上げていく説(隣り合った技術者同士で協力する)。ミツバチ建築家は自らの触角を物差しのように使うらしく、その先端を切り落とすと巣房がふぞろいになるという実験がある。
だが、1については、ロウを流動化させるほどの高い温度にならないとか、隣との干渉が必ずしもなくても単独で六角柱になるなどの反論があり、あまり説得力がない。2については具体的な説明を全く欠いている。どちらもこれという決め手がなかった。だが、最近になって、2を支持する面白い数理的な説明が発表されているが、それは次回(その2)に。(尼川タイサク)