マキノの庭のミツバチ日記(76)

コタツ読書で旅した二つの世界

年末年始は一時的に雪が降り積もっていたがその後は一休みとなったこのころ、ミツバチはほとんどの時間に巣にこもっている。晴天の小春日和には出入りがあり時騒ぎもあって、私はちょっと安心。冬枯れで暇になってきた近ごろはコタツに入って本を読むのが楽しみだ。

手元の 1 冊は、書店でたまたま見つけた J.スウィフト著『ガリバー旅行記』(山田蘭訳・角川文庫)。航海中に難破して小人の王国に流れ着いたガリバーの話はおなじみで、高島市のJR近江高島駅の東側には、小人の国の軍船をヒモで捕らえたガリバーの大きな像が立っている。だがこの文庫本は世に出ている子供向きの絵本などとは違う。

初めのところで、小人の国の人々とガリバーの交流が始まる場面を読んでいて、わが庭にいるミツバチたちから見たら私はガリバーみたいに見えるかも、などと想像して楽しかった。だが読み進めると、本の中の小人の世界はパワハラあり、忖度(そんたく)あり、陰謀画策ありのドロドロの世界。著者の生きた 18 世紀ころの英国社会が風刺されているようだ。加えてガリバーの奇想天外な行動(下ネタ?)に、こんな本だったのかと改めて驚いた。

もう一冊は、原野健一博士による『ミツバチの世界へ旅する』(東海大学出版部) というもの。本の帯に「もう一つの社会を作る巧みなシステム。その核心に迫る!」とある。現役ミツバチ研究者の手によるセイヨウミツバチの行動全般に及ぶ解説で、特に行動を成り立たせるシステムについて詳しい。研究者としての成長過程や発見に至るスリルや喜びなども記されていて、読み物としての工夫もなされている。

「リーダーを持たない不思議な社会」の項では、人間の世界のようなトップダウンの指示系統がなくても、メンバー同士の協調が生まれる巧妙な仕組み(自己組織化)があるという。その仕組みは色々だが一つは匂いによるコロニー識別が重要な柱だ。ミツバチ個体同士が接触することで体表のワックス中の臭い物質を交換し、メンバー全体に同じ匂いが固有の指標として均一に行き渡るようにしているらしい。またミツバチが巣板に触れることも同様の意味をもつ。他所のコロニ ーから盗蜜に来た盗人蜂が門番に見過ごされることが現実にあり、私も不思議に思っていたが、その場合も、この匂いへの何らかの操作があるのかもしれない。だが答えはまだ先のようだ。

フェロモンや体臭(そのほか振動や音など)の複雑な信号系のシステムでまとめあげられたミツバチの社会は、ガリバーが相手をした人間臭プンプンのミニアチュア社会とはまたひどく異なる。生物進化を反映した独特の合理的な造りになっていることが、読んでいて汲み取れる。

他のところで私が興味を惹かれたのは、「女王蜂の脳内物質」と「ミツバチの燃料調節」のあたり。ダンスコミュニケーションにまつわる不正確性もよく整理されて分かり良い。それぞれは私個人も深く知りたい内容だが、それについてのコメントはまたの機会にでも。

原著論文リストと図版のデータが豊富であり統計上の有意差表示がわずらわしいほどに出ているのは、読者に学部生・院生など未来の研究者向けを意識してのことだろう。だがこの単行本は、一般のミツバチの愛好家にとっても最新の研究にアクセスする良いガイダンスの役を持つと思う。いろいろ勉強になる点が多かった。(尼川タイサク)

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