マキノの庭のミツバチ日記(60)

女系社会を生き抜くミツバチたち

このところ、東京のある医大の裏口入学事件が話題にのぼり、そこで明らかになった女性差別の医学部入試は世間の人たちをあきれさせた。現役男子と 1浪、2浪男子の受験生には加点するが、女子受験生にはせず、恣意的に女学生の合格者を 3 割程度に抑えたという。見えないダブル・スタンダードだ。ある報道によると、「男性は力が強い、長時間働ける、出産がない」とみての女性へのハンディ付けだったという。もしその大学の合否判定委員に女性教員が1/3も居るようなシステムだったら、結果は変わっていたのではないか。

庭の2か所に置いている巣箱には、今のところニホンミツバチのコロニー(家族集団)が住み、それぞれ 1万近い人口(蜂口)をもつ。コロニーのほとんどを占める働きバチは雌であるが、女王バチが出す女王フェロモンにより、自らの卵巣の発達が抑えられ出産はできない。彼女らは、女王や兄弟姉妹の世話をし巣を守り維持する働き手として、多数が生み出されてきた。今朝も巣門をのぞくと、収穫に出るもの、巣箱内に涼風を送るもの、巣門をガードするものたちでにぎやかだが、間違いなくいずれも雌バチだ(写真)。雄バチは体が大きめで、複眼も大きく尻は縞がなく黒いので見分けられる。

社会性昆虫といわれても、もちろんミツバチは人とは大きく異なる社会にいる。そのコロニーに専門学校みたいなものがあるわけはない。だが仮にあるとしたら、 入学するのは雌だけになる。先の人間社会での差別の口実にされる「力が強い、 長時間働ける、出産がない」の優先条件をクリアーできるのは、ミツバチの世界では働きバチで決まりとなる。雄バチ(ドローンともいう)はもともと春から夏にかけてしか現れず、日ごろは他所のコロニーの女王バチの後を追いかけ交尾を狙うことしか関心がない連中だ。巣に戻れば「グウタラ居候」みたいで働きバチの厄介者になる。

ミツバチの社会では、年取った雌バチ(そういって悪ければ熟女バチ)が、危険で骨の折れる外回りの仕事(外勤)に出る。餌や必要なものを運び込むのはもちろん、新住処の情報ももたらし、尻振りダンス(8 の字ダンス)で公開討論に加わる。これもミツバチの社会が女系社会と言われる所以であろう。

ミツバチの研究がいろいろなされているが、その中で、以前、名古屋大の研究グループがセイヨウミツバチについて面白い報告をしている(Plos One 誌, 2007年)。それによると、ミツバチのコミュニケーション能力に関する神経系の発達は、 働きバチが熟女になった頃にようやく完成するらしい。直接に触角の中のジョンストン器官から神経信号を記録して調べたところ、日齢(羽化後の日数。人の年齢に相当)とともに発達することが分かった。以前書いたように、福岡大の研究者たちが脳内にダンス言葉を司る神経中枢を発見したことと合わせてみると面白い。ダンス言葉で会話ができるのは巣の内の誰でもというわけでなく、歳がいってベテランの外勤バチ同士ということになる。では雄バチではどうなのかというのも知りたいところ。

私もついに 75才になり後期高齢者の仲間入りとなった。これまでとは違う保険証を配布されて改めてちょう落(?)の身の現実を想う。だが老人も捨てたものじゃないかもしれない。ミツバチみたいに年を取ってから誘導される能力が出てくるかも。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(59)

今年も空からネオニコ散布

8月1日、この日は近所の水田への農薬による航空防除が予告されていた。稲穂を吸って斑点米を作るカメムシの駆除法として、毎年この時期になされる。庭の巣箱のニホンミツバチのことを思えば、できたらやめてほしい年中行事だ。朝7時頃から、ラジコン・ヘリが高濃度の殺虫剤を納めたタンクを抱えて近くに回ってきた(写真1)。私の庭に接する水田については、持ち主のご厚意で今年も散布対象からはずされたのは有難い。だが、ヘリでの農薬散布は広範囲に及びドリフト(空中浮遊分)の影響も無視できない。ニホンミツバチの行動範囲はほぼ4キロ四方に及ぶので、リスクがないとは断言できない。

働きバチを散布農薬から守るための対応策を昨日から考えていた。農水省が勧める巣箱の一時的移動も、この酷暑の中では危険だ。熱に弱いロウで出来た巣板は振動で落ちやすい。散布最中にはせめて巣箱からハチが出ないようにするしかな い。

当日の朝、私は 4時に起きた。日の出前でまだ薄暗く、気温は 25度近くまで下がっている。ハチたちは巣箱の内に戻っていると思ったが、実際に見に行くと、まだ 200頭ほどが箱の外にあふれて涼んでいる。もう一つの巣箱も同じ。やむを得ず、スプレーに入れた水を噴霧してかなりの部分を巣内に追い込んだ。ついで巣門を樹脂の網(メッシュ)でふさいだ。ハチは通れないが空気の出入りはできる。外に締め出されたものも 10頭ほどいたが見切り発車。さらに麻袋を巣箱にかぶせて、ドリフトが来た場合の被曝に備えた。

近くの水田への散布が終わったのが 7時半頃。しばらくは風向きなどの様子をみつつ、巣箱封鎖の解除のタイミングを待った。8時半になり思い切って巣門にはめこんだメッシュを取り去った。すると内側のハチが待ちかねたように出てきて外にいたハチたちに合流した。なかには離散家族同士の再会のようにハグのようなしぐさをしているのがいる。次には、採餌で青空に向かう働き蜂の流れができていった。

その後、10時頃に巣箱を見に行ったら、働きバチ 2頭が地面に降りて奇妙な徘徊をしていた。体を小刻みにけいれんさせながらでたらめに動き回っている(写真2)。指先で触って脅しても反応がない。このようなことはめったに見なかった光景なので気味悪く感じた。直接に今回の散布と関係があるのかどうかは言えないが、記録映画で見た農薬による急性中毒の時の症状に似ている。もう一方の巣箱では巣門の前のテラスに 2頭の死骸を見つけた。

一昨年の森林総合研究所などの研究発表によると、セイヨウミツバチに比べニホンミツバチは農薬特にネオニコチノイド系に対し感受性が高い、つまり一桁も薄い濃度でも害を受けるとある。しかもネオニコチノイド系農薬の内でも比較的安全と言われていたジノテフラン(商品名はスタークル)に最も弱いという。今日の無人ヘリが散布したのもこの類だ。写真3は昨年の散布時に撮ったものだが、機体両側の赤いノズルから噴出した霧状の液が白い影のようになって斜め後方に飛ぶのが認められる。このような散布過程で生じたドリフトがしばらく空間に滞留しあるいは拡散していくことを考えると、そら恐ろしくなる。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(58)

木蔭の読書に 101冊目の本を!

めったにそういう機会はないのだが、7月の祝日「海の日」に、京都のレイチェル・カーソン日本協会関西支部のセミナーに呼ばれて、話題提供を行った。「ミツバチとネオニコチノイド系農薬」がテーマ。話としては、日ごろ「ミツバチ日記」で書いてきたことなどを少し詳しく説明した。

レイチェルは、DDTなど化学防除剤による環境汚染について警鐘を鳴らした本、 “SILENT SPRING”(1962年刊、訳本は『沈黙の春』新潮社)を書いたことで 世界中に知られ、世界を変えた 1冊の本と言われる。その彼女はもともと海洋生物学者で、著作『海辺』などは既に 50年代の米国でベストセラーになったほど。 海の生物や自然についての深味のある解説が、波の寄せるようなリズムをもった美しい文章でつづられている。レイチェルは、生物多様性や食物連鎖など生態学の知識はもちろん、当時としては新しい発がんの機構や生理学にも造詣があり、その能力は『沈黙の春』に開花した。

新潮社発行の新潮文庫の内から選ばれた「100冊の本」が毎年公表されてきた(今年選ばれたのは、上巻・下巻の本も数えて 110冊)。ほぼ毎回のように入っていた『沈黙の春』が今年は抜け落ちたと、協会関西支部の方は残念がる。だが、現代的な本によって 100選から押し出されたとはいえ、レイチェルの本はその価値を失わない。現在でも当時と似たようなことが繰り返されている。今問題のネオニコ農薬が、人にはほとんど無害と言われ「夢の農薬」とされてきた現実があるが、 DDTが登場当初は人に無害と言われてきたと彼女の本にもある。文明批判と言ってもよい彼女の警告は、今も、いやむしろ今の方が切実に響く。

一方、私が最も関心をもつミツバチの方に目を向けよう。ドイツで活躍してきたフォン・フリッシュ博士は、ミツバチのダンス言葉などの行動研究でノーベル生理学医学賞を授与されている。かつて、ミュンヘンで行った講演では、殺虫剤 DDTなど化学防除剤使用が、最終的に使用者(人類)をも犠牲にするとし、また原子力の平和利用といえども、私たちの生存空間の汚染を増大させる危険を内包していると語った。「人間は知能を持っていますが、しばしば、自分が作り出したものが、いかに理性を欠いたものであったかと気づくのに、遅きに失するのでありま す。」(「昆虫-地球の支配者たち」1958 年)。

博士の後に続いた研究者らにより、ミツバチが学習や記憶、複雑なコミュニケーションなどをなす高度の神経系をもつことが証明された。そのミツバチの微妙なところを知らずに、たとえ微量でもネオニコなどの神経毒を使えば、死に至らなくてもコロニーに影響を与え、悪くすると崩壊にいたる。今やその辺のことが見えてきた。

ところで、講演のなされた 1958年といえば、レイチェルが友人オルガからの手紙を受けた年にあたる。歯止めのない農薬散布により自然界に起こった危機に心動かされ、『沈黙の春』を書き始める動機になったと記された年だ。ちょうど同じ時期に2人の偉人が同様の警告を発していた。「自然に対しもっと謙虚に!」と いう警告から半世紀も経った今、なおその意味は大きく重くなってきている。

木蔭といえども暑すぎるこのごろ、クーラーのある部屋で命の危機を回避しながら、101冊目(あるいはもっと後?)となったレイチェルの本を読み返してみるのもいいかもしれない。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(57)

レールも延びる酷暑のもとで

大雨が終わり梅雨明けになったと思ったら、今度は酷暑に責められることに。京都市では記録的な暑さで 40度近くになったという。ここ高島市でも連日のように「高温注意情報」が出されるようになった。マキノ町の湖岸に近い我が家でも、 昼には気温が 35度などになることも度々だ。JR 西日本では、気温上昇で鉄道レールが熱膨張して、一部の区間で徐行や運行見合わせなどが起きた。その影響は湖西線にも及び外出を中止したこともあった。

この猛暑の頃になると、ニホンミツバチ養蜂家達は巣箱に工夫をして、入口を 4か所にして風通しをよくするとか、ヨシズを掛ける、保冷剤を入れるなどの対策をとる。私のところの庭に置いた 2つの巣箱では、板状の保冷剤を凍らせたのを巣箱の天板の上に置いているが効果のほどは不明。夕方になると保冷剤も溶けて温かくなるので取り去っている。短いが直接陽光が当たる時間帯には、我が家なりの日よけを用意して影を作ってやっている(写真1)。時には庭に打ち水などしているがすぐに干上がってしまう。エアコンの室外機(熱交換機)がたまたま巣箱の近くにあるので、困ったことに熱風源となる。そこで私はジレンマに落ち、 冷房を入れて涼を取るか、冷房を切ってミツバチの適温環境を守るかで度々悩むことになった。

毎日の高温にめげず、巣門のテラスでは黄色い縞の体色が目立つようになった働きバチが、20頭ほど常駐して旋風行動(写真2)をやっている。皆で羽ばたいて巣箱の内側に風を送り込み続けているのだ。それへの手助けにと思いたったのが、 先ほどの保冷剤設置だ。だが、ウチのミツバチには巣箱の天板に設けた通風用メッシュをロウでもってふさぐ傾向があり、保冷剤を置く前にロウをかき取っておいた。翌日見るとやはり新たにロウでふさいでしる。今頃のように熱い日々には通風孔があるのがメリットのはずと思うが、よく分からない。

先日、京都で持たれたあるセミナーに出席したが、地下鉄烏丸御池駅から地上に出たとき、蒸し風呂にいるような暑さに驚かされた。気温が実際には 40度以上 あったのでは?その会で合った一人の方が、飼っていたハチの巣箱が暑さで巣落ちし逃去になったと嘆いていた。重箱式巣箱の中に支えの細い棒も入れていたが 駄目だったとのこと。

巣の本体である巣板はミツバチ自身が分泌した蜜ロウで作られ、ハニカム構造のきれいで能率的な収納箱になっている。だが材質そのものがロウなのが裏目に出て、高温に耐えられなくなることが起きる。

試しに貯蔵していた蜜ロウのカケラを戸外に置いて気温での変化をみてみた。さすがに 40度を超えるとロウ屑はしんなりとして柔らかくなってきた。蜜ロウの融点は 60度より上のまだ高いところにあるのだが、既に 40度くらいでは張力が 落ち、巣板に収めた大量の蜜や幼虫の重さに耐えられなくなるのかも。ハチにとってもこのような異常な高温の気候は想定外なのか。というより遺伝子情報には対応策が用意されていないのかもしれない。

それにしてもいつまでこの暑さは続くのだろう?テレビの気象予報士の解説によると、日本列島の上には太平洋高気圧とチベット高気圧の2つの勢力が重なって 2重の暑い空気に抑え込まれ、8月中旬頃まではこの状態が続くという。酷暑に当分耐えなければならないと思うとうんざりしてくる。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(56)

大雨に耐えて

6 月末のことだが、琵琶湖対岸の米原では竜巻が発生し、屋根がはがされる被害が 200 件ほど出た。その後、竜巻発生予報情報が当地方にも出るようになり、高島市の防災無線でもこれまで耳にしたこともないような竜巻注意を呼び掛ける臨時放送があった。黒い積乱雲や雷のさいは、堅牢な建物に避難をという。数年前までは竜巻はアメリカで起こることとしか思っていなかった。温暖化の影響がこのような形で定着してきたのかもしれない。

それからわずか 1 週間後の 7 月 5 日に大雨警報、洪水警報が当地方にも出された。その夜、私の携帯からのアラームに驚かされた。高島市域の一部に対しての避難準備情報だった。今回はすぐ近くの知内川にも「水防団」待機の指示があった。JR湖西線は早くから運休している。原発事故が起きた場合の避難道路とされ敦賀に至る国道 161 号も、降雨量が危険水準に達したということで通行止めとなった。

翌朝、家の前の高木浜ビーチに行くと、波打ち際は例になく大量のゴミが流れ着いていて、中には冷蔵庫のような大きな物もあった。オートキャンプ場の重機が登場して懸命に処理に当たっていた。普段は観光客の来ない西浜の 1 キロほどの 湖岸は私のお気に入りの散歩コースの一つだが、そちらも波打ち際に沿ってゴミが貯まり、しばらくは手つかずのままの状態(写真1)。湖に流れ込む用水路も流 木やちぎれた葦などで埋まりそう(写真2)。

あの豪雨のもとで当地マキノも危ない状況だったのかもしれないが、結果的には大事に至らなかったようだ。滋賀県には出なかったが、数十年に一度の大雨に出されるという大雨特別警報は、お隣の京都府や岐阜県、そのほか西日本の 9 県に相次いで発令された。今回の歴史的豪雨は全国で 200 名を超える犠牲者を出す大災害になった。

強烈な降雨が長時間におよぶので庭のニホンミツバチの巣箱も心配になった。そこで巣箱の屋根の波板を急きょ増設した。巣箱のつなぎ目などから浸水するのを恐れてのこと。庭が浸水するほどではなかったので、台座のかさ上げはしなかった。しかしこの雨が少し弱まると遠くへ飛び出していく働きバチがいる。エサ集めは実質的に無理なお天気なのだが、何のためにか。まさか次の住処(避難場所?) を探す下見では、と疑心暗鬼にもなった。というのは、以前のことだが、梅雨時の長雨がやっと収まった後、庭に飼っていたニホンミツバチが逃去(*)したことがあった。ほとんど蜂蜜を残さないで忍者集団のように密かに行方をくらました。まだニホンミツバチとの付き合いが浅かった私は、茫然としてしまったのだ った。

雨がかなり弱くなった昼下がりにミツバチの様子を見にいったら、巣箱の前がにぎやかになった。いつも昼下がりに起こる時騒ぎのようだが、激しさがある(写真3)。分蜂か逃去の時を思わせるほどでちょっと心配であったが、30 分ほどで 落ち着いた。よく見ると、ちゃっかり黄色い花粉を持ち込んでいるのもいる。彼女らも、長く続いた悪天候で貯まったフラストレーションの解消で、激しく動いてみたのだろうか。(タイサク)

<*(とうきょ)エサ場の減少、天敵による度重なる襲撃などで、コロニー全体で巣を捨てて他所に逃げること>

マキノの庭のミツバチ日記(55)

スズメバチ・トラップ

今の季節、雑木林に沿った道を自転車に乗って快適に飛ばしていて、よくぶつかりそうになるのがミノムシ。高い樹の枝から糸にぶらさがって空中に浮かんでいるのだ。こちらがうっかり口を開けていると、思わぬ味覚を楽しむ(?)ことになりかねない。次に多いのが飛行中のスズメバチ。それもかなり太いオオスズメバチだ。だが相手もたいていは驚いてくれて、あわてているのか攻撃モードからは程遠い様子。お互い平和的に別れることができた。しかし、初夏になると庭のニホンミツバチの巣箱付近にも天敵のオオスズメバチの姿が目立つようになった。

スズメバチ対策として、庭のサクランボの木の枝に1個のボトル型のトラップをつるしてみた(写真1)。これがまたよくかかる。中の液の正体は、市販オレンジジュース、酢、日本酒それぞれ150ミリリットルを混ぜあわせたもの。2リットル用のプラボトルに入れ、上の方の2か所にX字型の切れ込みを入れている。切れ込み部は内側に少し押し込んでいるので、大型のハチは入りやすいが出にくい、まさにワナになっている。

スズメバチは女王バチが単独で一からの巣作りや、昨秋の交尾で貯えた精子を使って子作りをしている頃で、手勢(つまり働きバチ)が増えるのはまだ先のこと。秋口になって手勢が50頭から多くて100頭ほどにもなると、ミツバチにとって大脅威になる。そこで、今のうちに女王を駆除しておくと防御効果は絶大になるかも。

春からこれまでにこのワナにかかったのは、キイロスズメバチは数頭とわずかだったが、オオスズメバチの女王バチはなんと42頭もかかっていた。その中でも大きいものは体長5センチを超える(写真2)。頑丈なフルフェイス・ヘルメットをかぶっているように見える顔の下部には大あごが隠され、腹部は鎧を着たみたいにガードされている。写真では見えないが尾部には強烈な毒のカクテルを注入できる毒針が収められている。

数年前の年、巣箱を狙う1頭のオオスズメバチを捕虫網で駆除しようとして逆襲されたことがあった。最初の一撃を外してしまうと怖い。逃げたと思って安心していると、折り返し超特急の一直線で戻ってきて狙われたのは私。彼女らの飛行速度は時速40キロととても速い。何とか気付いて体をかわし攻撃を回避できた。この時は油断していて顔を守る面布(網の付いた帽子)をかぶっていなかった。もし刺されるとただではすまなかったかも。

しかし一方でこの獰猛なハチもワナにかけるのは気の毒な感じがする。ボトルの中で懸命に逃げようとしてもがいている姿を見ると気が咎める。スズメバチも昆虫が増えすぎるのをコントロールする自然界での役目があるといわれる。絶滅させて良いというものではない。ミツバチへの偏愛からの暴挙をやってしまったと心痛むことも。妻は、スズメバチさんも酔っぱらって往生するのだからいいんじゃないと言うのだが。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(54)

2 回目の夏分蜂

6 月16 日昼頃にまたまた夏分蜂(2 回目)が起きた。分蜂の時は羽音から、通常の活動とは違うことが分かる。巣箱を飛び出したハチの群れが庭全面を飛びまわり始める。いつもなら15 分も経過すればどこかに集まって落ち着くのだが、今朝は30分ほども飛び続けていた。この日は風がやや強く秒速 4 メートルはあるようだった。群れがまとまらずなかなか収束にいたらないのは、風でフェロモン信号がかく乱されたからだろうか?

大きな渦のようにも見えるその中から、働きバチ2、3頭が飛び出して軒下に隠れている私の方に向かって来るのがいた。早速インタビューでもしようかと近づ いた私を無視した彼女らは、軒先を点検し終わるとすぐに元の渦に戻っていった。 それぞれのハチが遊んで飛びまわっているというよりは、真剣に何かを探しているといった感じ。情報を集めて吟味しているのだろうか。時間はかかったが、ハチの群れはそのうち隣の庭の杏子(あんず)の樹を選んで集結していき、風の当たらないやや薄暗い根元近くの枝にきれいな乳房状の蜂球になって落ち着いた (写真1)。

乱雑で混乱したような状態から一転して、皆がある一か所に集合し安定化するというこの集団行動のすごさには驚かされる。リーダーがいない中での集団意思決定はどうやって?よくフェロモンを使うと言われるが音もあるのか、他の何かなのか?

蜂球そのものにも秘密が隠されているのだろうか?よくある質問で「蜂球の中心 (芯)に何が入っているの?」と聞かれる。ハチのそれぞれが枝に取り付き下方に塊を作るので、芯はない。裸の指を蜂球に突っ込んで探ると分かると、ニホンミツバチに精通していた久志さん(故人)は著作(*)に記している。

蜂球の外側(外皮)ではハチは6本の脚を使って縦と横にスクラムを組み網目を作っているが、内側は縦方向にヒモ状に伸びて縄のれんのようになっているとか。 外皮の内側にあるスペース内には、探索バチが戻ってきて新居候補の情報をダンスで示すところがあると久志さんは解説している。蜂球を作っているハチのそれぞれの並び方については、頭を上にするニホンミツバチと下にするセイヨウミツバチの違いも記述されている。私もかつてセイヨウミツバチを一緒に飼っていた 時があったが、その群れが分蜂時に作った蜂球はパイナップル状に長く、ニホンミツバチとは逆で確かにハチたちは逆立ちした並び方だった。

前回の夏分蜂(1 回目)の際は、帯状になった塊からの回収に苦労したが、こんどは断然取りやすい状態。最近では私と妻は分蜂に慣れてきて、それが起こりそうだと判断すると、分蜂回収の装備と空の巣箱を引き出して待機する余裕がある。いつものようにポリのゴミ袋に球を落とし込んで巣箱に移し、翌日までその庭に放置した。

既にニホンミツバチ 2 群が我が家の管理下で生息していた。それらと元の巣箱を同じくする 3 群目がそのまま居付いてくれる可能性は低く、逃げ出す結果になるだろうと思った。少なくとも 3 群を養えるほどの蜜源が周辺にあるかどうか疑問だった。そこで養子にやる先を探した。希望を募ったところ、今津町のミツバチまもり隊会員が手を挙げてくれたので、そこに移住させることに。2 日後、無事もらわれていった(写真2 是永氏提供)。(タイサク)

<* 久志冨士男『ニホンミツバチが日本の農業を救う』高文研>

マキノの庭のミツバチ日記(53)

急な夏分蜂に振り回された

6 月 8 日朝、薄日さす 8 時半ころ、妻 Y が庭に妙な音がすると言い出した。その内、裏庭で騒ぎになっていることが分かった。ニホンミツバチの巣箱に分蜂(巣別れ)が起きたのだ。去年の我が家の夏分蜂は 7 月の初め頃と記憶していたので、こんなに早いとは思わなかった。しかもこの日、私は昼から神戸に出かけざるを得ない用事があり、朝から準備すべきことが貯まっていたので慌てた。

庭に飛び出してみると、飛んでいるうちの 1 頭が近寄ってきた。前の時もそうだったが、蜂蜜を満タンにした体が重いのか、私の肩を借りて一服したいようだった。だが、こっちも群れの行方を探るのに忙しい。体をひねって「肩透かし」してやった。

まとまりがはっきりしないハチの群は、隣のコンクリート 2 階建ての屋上付近で飛び交いながらも停滞し、あちこち模索している様子。やがて移動して、2 軒隣りの S さんの敷地にあるサクランボの木の上にまとわりついた(写真1)。そこはセカンドハウスとして使われている家で、あいにく家主の S さんは不在だった。 しかし、我が資産(?)の一部を流失しかけている緊急事態にあるということで、 後ほどにお詫びを入れることにして、庭に入らせてもらった。ハチの群はみるみる固まっていき、樹の幹の下方で帯状の塊になった。いつもながら、群れの統率が効いていることには感心させられる。

そのサクランボの幹の円周が 30 センチほどのところに、厚手の毛糸の靴下を穿いたような格好になった(写真2)。そして樹の根本付近を移動中の女王バチを一瞬だが見てとれた。セイヨウミツバチと違って、体は他の働きバチとそれほど変わらないが、腹部が大きく長くて色が黒っぽい。

この帯状になったハチの集合は珍しい。私は初めて見たタイプだ。午後に雨が近いときだったので、傘状の樹の内側で最も濡れにくい中心部(雨傘でいえば中棒またはシャフトと言われるところ)に雨宿りするつもりなのか?それとも探索バチのためにダンス・コンテストの舞台として見やすいところを選んだのか、などと空想をたくましくした。だが問題は、いつものような枝からぶら下がった半球状の蜂球と違って、とても捕獲しにくい形になっていること。

カミさんと思案し相談の末、幹の両側から二つのポリ袋をそれぞれ突き上げるようにして群れを削ぎとることにした。例によって働きバチ同士がスクラムを組んでいたので、ドサッと固まって袋に落ち込む。それでも逃げた分は、再度集まったところでもう一度回収作業をやりなおした。近くに置いた巣箱の中に袋の中身を傷付けないように落とし込み、最後に天板をかぶせた。箱の外にうろうろしていた者たちも、箱の下部の巣門から次々と中に入っていく。なんとか昼までには新しい巣箱に取り込むことが出来た。

捕まえたハチの量が多かったので、恐らく今回の分蜂で出てきたのは母女王バチと大勢のお付きのご一行だろう。母バチならずーっと以前に交尾が済んでいるはずだ。新しい箱に入って早くも 3 日後には、朝から花粉の運び込みが頻繁になった。安定した産卵が始まったのだろう。のぞき窓から見ると造成中の巣板らしきものが見えてきた。

元の巣に近いところで分蜂の群を飼い続けることに何度も失敗してきたが、今回が初めての成功例。捕まってすぐに天気が悪くなり、他へ移動する機会を失ったのかもしれない。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(52)

どこからか来た分蜂群、松の枝で一夜を明かす

昼過ぎのこと、前の家の庭で騒ぎが起きたらしい。呼ばれて見に行くと、2千頭ほどのミツバチの群がほぐれながらも大きな円周を描きつつ飛びまわっていた。 ウチの巣箱のミツバチ嬢たちが遠征して暴れているのでは、と一瞬思い「お騒がせを…」と言いかけて思いとどまった。そんなはずはない、さっき巣箱をみたときは軽い「時騒ぎ」があり、それも終わっていたから。でも、大阪府のS先生から夏分蜂(*)が起きたとのメールをもらっていたことをすぐに思い出した。この地でも夏分蜂の季節になって、どこからか出てきた群れなのかもしれない。5分も経たないうちにその群れは庭の隣の砂浜に移動し、やがて松林の中の1本の樹の枝に集結して塊(蜂球)を作った。

その蜂球から時々2、3頭が出て行き、また逆に戻って来るのもいる。この連中は探索バチで、新しい住処候補を探しに出ているのだろう。ところでこれまで住み着いていた巣は一体どこだったのだろうか。たいていは蜂球を元の巣の近くに作るので、あたりの探せるところを当たってみた。怪しいと思ったのは浜に置かれた古い倉庫だ。管理が悪くあちこちに破れ目があり瓦も一部が落ちている。ミツバチの自然巣が出来ていそうな場所だ。ただ残留組のハチの出入りがあるかと探したが確認できなかった。

松の枝の蜂球を眺めているうちに、それが捕獲できそうな位置にあるように思えてきた。脚立(きゃたつ)と手網があればいけそうだ。ただ、すぐ近くの浜に子供連れのキャンプ客などが遊んでいる。分蜂の時のミツバチは概ね大人しいのだ が、それでも多数で飛びまわられるとパニックになる人も出てくる。ここは諦めざるをえなかった。

後は、この群れがいつどの方角へ飛び立つのか見届けようと30分を置かずに度々見に行ったが、連中は居座り続けてついに夕方になった。暮れてきてもハチたちの動きはなく、湖面の上に上った満月が、枝に眠る蜂球を見守るかのように柔らかい光を投げかけていた。

翌朝6時過ぎ、昨夜のハチが気になり松林を見に行ったら、まだ松の枝に静かに留まっていた。こんなに長逗留の蜂球をこの地で見たのは初めてのこと。これまでの経験では、たいていは30 分でどこかへ飛び去ってしまう。長くても4時間くらいが最長だった。しかし、前に神戸市にいたとき、JR灘駅の近くで植え込みのビワの木に蜂球が留まっているのを見つけたことがあったが、それは2日ほど動かなかった。時間をかけてよりましな候補地を選ぶのはよいが、長居をしすぎ るとスズメバチなどの天敵襲来や天候の悪化などのリスクも増えるので、兼ね合いが大事。ダンスで新居の最適候補を決める場合、同じくらいに魅力的な候補地 が複数あると選定の決着がなかなかつかず、出発までに時間がかかるといった例もあるとはいう。

飛び立つ瞬間を見たかったが、あいにくこの日は家族旅行に出る予定。後ろ髪を引かれる思いでその場を立ち去った。翌日の昼に帰宅するとすぐに見に行ったが、 蜂球は跡形もなく消えていた。どこに行ったのだろうか。多分じっくり候補地を選定して、気に入ったところに入居していったのだろう。(タイサク)

<* 夏分蜂=春の分蜂で生じた群から6、7月の頃にさらに起こる分蜂。孫分蜂ともいう>

マキノの庭のミツバチ日記(51)

初夏の蜜絞り

庭のニホンミツバチの巣箱で、4月に3度の分蜂(巣別れ)が起こり大群が出て行った。その後の巣箱は広すぎるにちがいない。ニホンミツバチによる管理が行き届かないところがスムシに侵略されがち。そこで、巣箱の上方(1 段目の箱枠) を切り離すことにし、そこからの蜜絞りをすることを思い立った。私の相方として妻Yを抜擢し、たまたま帰省していた長女を写真撮影班に任命。家族だけでの蜜絞りは初めてのことだ。

例の装備(面布に手袋、白い厚手の服)で身を固め、夕方近くまで待って出陣。 巣箱は移動させず置いたままの位置で作業にかかった(写真1)。まず天板を切り離すと蜂蜜を含んだ7枚の巣板が詰まっているのが目に入る。ついで1段目の箱枠の下の隙間に針金ワイヤーを差し込み、両手を使ってしごきながら手前に引き寄せて巣板を切っていく。ワイヤーが時々ひっかかって動きが停まることも。時として主導権を奪おうとする相方Yの口と手を不器用にかわしつつ、何とか最上部の箱枠をとりはずせた。新しい天板を納めて第1段階は終了。作業はほぼ順調にいったが、途中ハラハラする場面も。うっかりして巣箱をずらしてゴトンと大きく揺らしてしまい(それも2度も)、中にいるハチたちが怒って騒ぐのではと焦ったこともあった。

取り外した箱枠1個には働きバチがまだ残っているので、巣箱の入口近くに箱枠を置いてやった。すると不安げに居残っていたハチの百頭ほどが、なんだかあっさりと職場放棄して、そそくさと元の巣箱に戻っていった。10分くらいの間には箱枠にハチがほとんどいなくなった。後はそれを家の裏に運んで内の巣板を取り出す作業。ここからは妻Yが得意とするとこ。巣落ち(夏場の高温のときにロウでできた巣が落下すること)を防ぐため箱枠の中に張ってあった緑色のビニル被覆鉄線の数本を抜き取ると、がぜん作業はやりやすくなる(写真2)。

巣板から切り出した断片は金ザルに集め(写真3)、さらに細かく砕いておく。滴り落ちる蜜はリード紙でろ過してホウロウ鍋に集める。夏場は1日半ほどかければ蜂蜜をほぼ回収できる。結局、純粋蜂蜜2リットルほどを採取できた。春の分蜂で大量に蜂蜜が持ち出された影響か、収量は前回の7割くらいと少なかったが、 より濃厚な感じ。トロリとした琥珀色の液を1サジすくって口に含むと、独特の良い香りと濃厚な甘みが口に広がる。

しかし、蜂蜜を得ても食用にしていいかどうか考えるべきことがある。ボツリヌス菌が芽胞(がほう)の状態で蜂蜜に含まれていることがまれにある。消化管の未発達で芽胞を除けない1歳未満の乳幼児に蜂蜜を与えるのはリスクがある。ただし、ウチに該当者はいない。次のチェックはトリカブトなど有毒植物からの花蜜が来ていないかという点。だが我がミツバチが飛ぶ範囲ではまず危険な花はない。残る問題は、近くの水田に撒かれた残効性農薬ネオニコの混入の可能性。昨年の千葉工業大の研究では、東京都と8県から採取した蜂蜜73サンプル全てにネオニコ系が検出され、28製品の内18で農薬残留基準(暫定)を超えたという。 ただし、十分低濃度なので直ちに健康に影響することはないと報じられている(ど こかでよく耳にした文句!)。自家用とはいえ、しかるべきところで定量分析(有料だが)をしてもらった方がよいのかと、また新たな悩みに直面してしまった。 (タイサク)