マキノの庭のミツバチ日記(100)〈最終回〉

読んでくださってありがとう!

ミツバチ日記が 100 号になった。小織隊長に勧められて「ミツバチまもり隊」の ML に初投稿したのが 2016 年 1 月のこと。途中休みを入れながらも今日まで来た。日記を書くモチベーションは、定年後に飼い始めたミツバチの日ごろの行動の面白さにとりつかれ、つい他の人にも話してみたくなっていたこと。また、ミツバチの目線に立つと違って見える世界も驚きだった。

だが日記を止める時がきた。去年と同じ事を書いているようだし、表現力の衰えは避けられぬ老齢化によるものか。それに、もう書くのに疲れを感じる。

振り返って、日記でよく扱ったテーマの主なものをあげると、1)分蜂(巣分かれ)、2)蜂蜜搾り、3)スズメバチとアカリンダニ、4)記憶とダンス言葉、5) 農薬ネオニコチノイド、といったところだったか。

これまで、文中で農薬(殺虫剤)のネオニコチノイドのことがしつこいと思われた方もいたかも。私がこだわる理由はあった。45 年の間、昆虫(主にハエ)の神経のメカニズムの研究を仕事としてきた。その経験が神経毒の怖さを見過ごせなかった。地域でミツバチが減ってきているという実感もあった。イラストは、その衰退を導いたものは私たち人間ではないかという気持ちを込め、「このままでいいのか、いけないのか?」と悩む蜂ハムレット嬢を描いたもの。昔から、ミツバチは環境の指標ともいわれてきた。

しかし、ひとつの新しいエピソードを紹介しよう。少し前に、ある坊やちゃんが 桜の木のうろにミツバチの自然巣を発見したことをミツバチ日記 97 に書いた。その際に危惧していたことが後に起こった。近所の大人の方が、通学の子供たちへの害を案じて、うろへ殺虫剤をスプレーし駆除したと伝え聞いた。ミツバチはむやみに刺す害虫だとの誤解が、残念ながら広く定着している。だが、その後に予想しなかった展開が・・・。駆除を嘆き生き残りを気遣っていたお母さん(例の坊やの)からメールをいただいたので、内容をかいつまんで紹介をしよう。

<記事(ミツバチ日記 97)を殺虫剤を撒かれた方に届けて読んでもらったら、今後は撒かない意向とのこと。一緒に撒いていた警察官の方なども今は心配して残り少なくなったコロニーを覗きにきたり、近くで道路工事に当たっていた方も他の大型のハチから巣を守ってくださったりなど、ご近所の皆さんのミツバチに対しての意識が良い方向に向いてもらえた。残り少なくなったコロニーだがとりあえずまだ頑張っています・・・>とのこと。これを読んで、久しぶりに熱いものを胸に感じた。世の中、まだ捨てたものではない。

さて、連載を閉じるにあたり、ここまで辛抱強く読んでいただいた「ミツバチまもり隊」の読者に感謝したい。フェイスブックにも転載され、貴重なコメントをいただいたこともあった。

この日記は毎回2人からのチェックを受けてからでないと出せないようにしている。いわゆる査読者が私の思い込みや暴走を引き留めてくれた。その一人は、読書好きの妻 Y、彼女により「難しい」ということで没になった原稿は少なくないが、時には彼女自身の行動が思わぬネタを提供してくれた。隊長小織さんは、環境という広い視点から私が見落としたポイントを指摘してくれたし、毎回の原稿をホームページとフェイスブック上に転載してもらえた。この二人に、改めて感謝をしたい。(尼川タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(99)

オオスズメバチの攻撃に耐えて

朝見たら、庭のニホンミツバチの巣箱に数頭ほどのオオスズメバチがたかっている。親指ほどの大きさでいかつい格好のアマゾネスらはこれまでに十分に下見した模様で自信満々、「意思統一」のもとで攻撃作戦に臨んでいるように見える。他の巣箱には目もくれず、1つを集中して攻撃。ミツバチは巣箱の中に逃げこみ、あるいは仲間を動員して動き回り目くらましに出るなどで対抗していた。攻撃が一旦止んだときは、敵が仲間を誘導するために着けていったマーキングの個所をかじったり、自分らの糞を撒きちらし敵の匂いを隠したりしている。

さすがにミツバチ保護者としてはこの事態を見過ごしならず。まずは、新兵器のスズメバチ忌避スプレーを試しに使ってみた。クヌギの木にはスズメバチを誘って吸われる樹液が知られていたが、逆にクヌギの樹液でもハチを追い払う類のものが発見された。これをもとに高知大学の金教授らによって開発されたものが KINP社から発売されている。害虫を捕らえるスズメバチは益虫でもあるので、これを殺虫剤みたいに殺さないで攻撃性を奪い追い払う点がエコ的で素晴らしい。

試しに買い求めておいたこのスプレーでスズメバチに向け噴射すると、確かに慌てふためいて逃げ去る。だが、この時期、またしばらくして2波3波と来襲。追い払うにはよいがすぐ揮発し拡散してしまうので残留効果という点が弱い。スプレーの中身は噴射剤にジメチルエーテル 70%と忌避剤としてフェニルメタノール 30%からなる。忌避するかどうかは別として、追い払うだけならば溶剤のエーテルだけの噴射でも十分かも。「スズメバチサラバ」という魅力的ネーミングだが、すぐに「こんにちわ!」されるのは養蜂家からすると心もとない。今、新たに巣門に置いて長持ちするタイプが開発されているとか。期待したいところだ。ただ、近くの草花にかかるとすぐに枯れたこともあり使い方に注意する必要がある。

様子を見ていてまどろっこしいと思ったのか、妻Yは散水用のホースを引き出して放水で狙い撃ち。さすがの獰猛なスズメバチもほとんどが追い払われ、地に落ちたものは容赦なく踏み潰された。

次に私が取り出したのは、少し前にハチ友の井上さんからもらった 5 ミリ角の金網。いよいよの出番となった。「あと 2 週間くらいの辛抱だから」とつぶやきながら巣門に押しピンで貼り付けた。ミツバチたちはしばらくのあいだ戸惑うが、やがて慣れてくると金網の隙間をうまく潜り抜けるようになった(写真1)。さすがに体の大きなオオスズメバチは侵入できず、巣門の木部に直に噛みつくこともできないのであきらめるようだ。だが、巣箱のミツバチも、辺りをいつまでも物欲しげなオオスズメバチにうろつかれると、ストレスを感じるかもしれない。

襲撃が続きしつこいので、やむなくネズミ用の粘着トラップを巣箱の屋根にセット。おとりを 1 頭のせておく。昨年のこの時期に初めて粘着板を置いてみてその威力に驚いた。捕獲されたスズメバチは 100 頭を超えた。しかし、粘着板で逃げられずのたうち回る姿を見ると気の毒にも思えた。それで、この悪魔の兵器(スズメバチからみると)を使いたくなかったのだが、今回も決断。計 30 頭ほどキャッチした(写真2)。だが、もがくさまをみていると、やはり気持ちのいいものではない。(尼川タイサク)

*次号(100 号)でこの日記の連載を終わります。

マキノの庭のミツバチ日記(98)

ミツバチはどうやって巣に戻れるのか?

庭のニホンミツバチの巣箱を見学に来た人たちが一様に感心するのが、遠くから巣に戻る能力。空の高い所から降りてきて迷うことなく巣箱を目指し、巣門から中に戻っていく。このようにミツバチが帰巣できるのも記憶と学習のおかげだ。自分のいる巣箱の独特の臭い、その箱の近くの目立つ松の木、その傍の畑などが記憶にあり、それぞれの臭いに色や形や位置が互いに関連づけられていれば、巣に戻ることはそれほど難しくはないだろう。

私も以前から関心を持っていたこの関連づけ(学習)のことを、少し専門的な感じがするかもしれないが以下に書いてみる。学習と言うと難しく考えがちだが、誰でも簡単な実験で確かめることができる。ミツバチは触角か肢(あし)に毛状の味覚器をもつ。そこに甘味を生じる砂糖水をスプーンなどで接触させてみると、ハチは口先を伸ばして飲み取ろうとする吻伸展(ふんしんてん)を起こす(写真では肢に砂糖水を与えている。私がかつて受けた学生実験を再現)。この行動は高カロリーの糖を摂取するための持って生まれた行動(反射行動)で、学習ではない。

ところが、綿棒に薄めたレモン汁をしみ込ませて触角に近づけてから、すぐに肢に砂糖水を浸すことを数回繰り返してみる。すると、以前には臭いによる刺激だけでは吻伸展を起こさなかったミツバチが、レモンの臭いが来ることだけで、砂糖水の甘みがなくても吻伸展を起こすようになる。これはもともと互いには無関係な二つの刺激(レモン臭と砂糖の甘み)が脳で結びつけられることで行動が変わるいわゆる条件反射によるものだ。この変化はある程度維持され記憶として残る。様々の臭いや色、形もこうして区別され記憶される。

条件反射(古典的学習ともいう)を発見したパブロフ博士(ロシア)の、犬に肉粉とベルの音を組み合わせて唾液の変化を見た実験はあまりにも有名だが、桑原万寿太郎博士(故人)が開発した上に挙げたようなミツバチでの実験は、それとほぼ同じことが昆虫(下等な?!)でも出来ることを示した画期的なことだった。

上のような実験がまだ手探りの段階のとき、桑原さんはあることに気が付いたという。繰り返しての実験の途中、スプーンの砂糖水を肢に近づけただけ(触れてはいない)で吻伸展が起こることがあった。このことから、水の蒸気にも反応して反射が起きているのではと疑った。じつに鋭い観察力だ。念のため砂糖水や蒸留水の入っていない乾いたスプーンを近づけたとき(対照実験)では、反射は起こらなかった。ちなみに、水蒸気に感じる感覚器もあることが後になって証明されている。この類の味覚実験をするときは、事前に水を十分に与えることが必須条件となった。

この夏に、昔に発表された桑原さんの論文(1957 年)を見る機会があり、この実験が具体的に書かれた部分を読んでいて、当時の研究の展開というか「ひらめき」を追体験する面白味を感じた。「今頃になんだ!」と天上(?)の桑原さんは苦笑 しているかもしれない(私は修士課程の頃まで指導を受けたが、その後は別の途に進んだ )。

この吻伸展反射法(PER 法)は今でも昆虫行動の研究に用いられている。ミツバチ脳では農薬ネオニコチノイドによる神経障害が証明されたが、この PER 法がミツバチの神経機能の障害の程度を調べる方法の一つとしても採用されている。(尼川タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(97)

木のうろ(洞)にミツバチの巣

秋雨前線の活発化で日本列島各地に集中豪雨による浸水被害が頻発。当地マキノも激しい雨に見舞われ1時間当たり 22 ミリの雨量が予報に出ていた。その雨上がりの午後、町内の神社に至る道の脇にある一本の木を見に出かけた。目当ての桜の老木の根元近くにくぼみができている(写真1)。はじめは気づかなかったが、そこからの無数の視線を感じハッとして目を凝らした。すると、そのくぼみの中に大勢のマイクロ・エンジェルたち(ミツバチのこと)が小さなつぶらな瞳でこちらの様子をうかがうかのようにしている (写真2)。

大人の掌より少し広いくらいの幅のうろの入口は、奥に行くほど狭くなっているが、隙間を埋める働きバチたちでよく内側が見えない。だが恐らくもっと奥には広い空間があってミツバチの巣板が何枚か収められているのだろう。朝のうち、体を張って豪雨から巣を守ったのだろうか、表にいる働きバチたちの体はまだ濡れていて黒と黄の縞々模様が目立つ。穴の縁にちょっと着いている琥珀色の液滴は垂れてきた蜂蜜と見えたのだが、そっと触ってみると樹脂の硬い塊だった。

私はこれまで立木のうろにできたニホンミツバチの自然巣を見たことがなかった。日ごろ木製巣箱に居ついたミツバチの群や分蜂の時にできる蜂球を見慣れてきたので、本来の木の住処(すみか)に巣を営むミツバチの様子を見るのは新鮮な気持ち。

実は、この住処は、近くの幼稚園に通う虫好きの坊やちゃんが発見したもの。私はその児の親御さんからこの木のことを教えてもらってここに来たのだった。この坊やちゃんには数日前、ミツバチを見たことがないというので、庭に呼んでじっくりと巣箱のミツバチたちを見てもらったばかりだった。それで関心を持ってもらえたのかも。このような目立たぬ巣を見出すその児の観察力にも感心した。

最近のニュースで、岡山市の中心地で、プラタナスの木のうろにニホンミツバチが住み着いているのが見つかり、人が刺されないように木の柵で囲んで保護したという。大人しい種(しゅ)でしかも数が減ってきている希少なミツバチということで、来春の移設までそこに置かれることになったという。

今の世の中、ハチといえばやたら刺すものという固定観念が作られ、ミツバチ、特に大人しいニホンミツバチはとばっちりを受けて危険昆虫として駆除される危険性がある。道端の自然巣も近くの人に誤解され殺虫剤をかけられればお終い。一方、やや目立つところにあるのでスズメバチなどの天敵も来やすい。この群れの今後が思いやられる。

4 日経ってからまた見にいったら、まだ同じところに巣があった。門番役の働きバチたちもこの前に見た時よりは奥に引っ込んでいるので、あまり目立たない。今のところは静観しておくことにした。(尼川タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(96)

台風が去って

その暴風域は日本列島を覆うほどと言われた大型の台風 10 号が来たのは 8 月 15 日で、全国的に被害が心配されていた。JR 湖西線は始発から計画運休に入っていた。だが、この台風は各地で盆帰省客の大勢の足を奪いはしたが、被害は昨年に比べれば軽微だった。私のいる地域にも目立つ被害はなく、庭のニホンミツバチの巣箱も、今回は屋根にブロックを積むだけですんだ。

だが、風の強まる頃になって松の木の下に置いた巣箱の住民(住蜂)が予想しなかった行動に出た。それは台風 10 号が広島県に上陸し当地にも影響が及びはじめた午後 3 時頃のことだった。巣門にあふれて出た一群があたりを飛び回りだした。普通の「時騒ぎ」にしては不穏で異様な激しい動き。飛行範囲も広くなりいつもより遠くまで飛んで行っては戻ってくる。軒下を探るように動くハチもいれば隣家の敷地の庭木の間に侵入するものもいる。まさかこの悪天候の最中に分蜂 (巣分かれ)か逃去でもあるまいにと、驚いてしばらく見守ることに。

台風の接近で気圧計は 980 ヘクトパスカルとかなり低いが気温は 29 度で蒸し暑い。風速は秒速 10mを超すように感じられる。台風からの風としてはまだ序の口程度。これらの気象条件がミツバチを動揺させたのだろうか。昨年は、強烈な台風の直撃があった際に一箱のコロニーに逃げられ、もう一箱のほうも逃げそうで水を噴霧して引き留めたことがあった。でも今回は、他の巣箱の連中は静かにしていた。コロニーによってはいろいろ個性があるのかも。

そのうち強風に強い雨が混じりだした。こんな状況では女王バチも出にくいだろうと思ううち、心配した分蜂も逃去も結局は起こらず、その一群はどうにか落ち着きを取り戻した。翌朝、台風は日本海に遠く去り、天気が回復した。まだ気温が高いのか巣箱では、テラスに整列して巣内に翅で風を送ったり外壁で涼んだりする働きバチが見られた(写真1)。昨日のあの興奮した様子が嘘のようだ。

ところが、一難去ってまた一難と言うほどではないが、今度はミツバチの強力な天敵が巣箱付近に襲来。一つは獰猛なハンターとして知られるシオヤアブ。その狩りが盛んになった。目の前でミツバチが次々捕らえられては餌として体液を吸い取られる。写真2はミツバチの 1 頭が捕らえられた犯行現場。尾の先端部が白いのはシオヤアブの雄で、この白さから塩(シオ)の名が付いたとか。このアブに人が刺されたという話も聞く。実際、狩りに来るシオヤアブたちは攻撃的で、時に私に向かって襲い掛かって来ることもある。だが刺されたことはない。もちろん私も巣箱を守るために捕虫網を振り下ろすが、敵さんも動体視力が優れていて敏捷なので捕獲率は低い。

巣箱の近くにはミツバチのもう一つの強敵であるオオスズメバチも飛来したが、これはまだミツバチには関心がなく、もっぱら松の幹の硬い皮を噛み砕いては持ち去っていった。自分のところの巣の拡張や補修(ひょっとして台風による被害?) の工事が優先なのか。ちなみにこの強力なオオスズメバチですら、油断すれば先ほどのシオヤアブに捕食されてしまうこともあるそうだ。

集団行動の得意なミツバチはこれらの天敵に一方的にやられてばかりではない。敵を巣箱の入口のテラスに誘い込んでお得意の「布団蒸し」作戦を敢行すれば、さすがのアブもスズメバチも熱死に至ることになりかねない。(尼川タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(95)

ネオニコ散布の季節

8 月5日朝6時過ぎ、やや甲高い機械音を振りまきながらラジコン・ヘリが高濃度の殺虫剤を納めたタンクを抱えてすぐ近くの水田に回ってきた(写真1)。茨城県で有人ヘリが農薬散布の途中で落ちたのは先月末だったか。当市でも 10 年ほど前にラジコン・ヘリが散布用農薬を積んだまま墜落したことがあったので、気が許せない。その時の墜落機が持っていた危険な農薬は回収と後始末で大変だったと聞いている。

私がニホンミツバチを飼っている庭に接する水田については、今年も空中散布対象からはずされたのは有難い。だが、ヘリでの農薬散布は広範囲に及びドリフト (空中浮遊の霧状物質)の影響も無視できない。ニホンミツバチの行動範囲は広いので、被曝リスクが心配。ヘリは人家の近くでもお構いなしに噴霧している(写 真2)。傍の県道に犬を連れた老人が歩いてきたが、オレンジ色の制服の人に止められて引き返していった。

「当日は風向きに注意しますが洗濯物や車両などにかからないようにご注意願います。養蜂をされている方につきましては、散布日程をご確認いただくとともに、巣箱等の管理に注意していただきますようお願いします」と配布ビラにあった。ということはやはり高濃度のネオニコ・ミストが飛んでくるのだ。こんなに気軽に書いているところを見ると、たぶん、やっている人たち自身もこのネオニコの人体毒性には知らされていないのだろう。近ごろでは子供(特に胎児や新生児)の発達毒性の危険性が研究者によって公表されてきているのだが。

ニホンミツバチは農薬特にネオニコ系に対し、特に感受性が高く、薄い濃度でも害を受けるという。今朝散布されたのは、そのネオニコ系農薬の内でも比較的安全と言われていたジノテフラン(商品名はスタークル)だが、それに対してニホンミツバチは最も弱いという。散布過程で生じたドリフトはしばらく空間に滞留する。特にこの日のように無風に近い状態のことを考えると不安になる。

この朝はミツバチが心配で5時に起きた。熱帯夜の夜明けであったが気温は 27 度近くまで下がっていた。ハチたちは巣箱の内に戻っていると思ったが、実際に見に行くと、まだ少数だが箱の外側に止まっている。それを巣箱内に追い込んで巣門を樹脂の網でふさいだ。ハチは通れないが空気の出入りはできる。早朝の採餌から帰ってきたものもいたが見切り発車。締め出された 30 頭ほどの働きバチはしばらく騒いでいたがその内静かになった。さらに麻袋を巣箱にかぶせて、ドリフトが来た場合に備えた。菜園のトマトは採れる分だけ取り込んだ。

近くの水田への空中散布が終わったのが 7 時少し前。だがいつもに比べて短時間で済んだようだ。しばらくは風向きなどをみながら巣箱封鎖の解除のタイミングを待った。8 時過ぎになり思い切って巣門を開いた。今日に限って旅行に出る予定が前から決まっていて、ハチたちのその後を見守ることが出来ず、後ろ髪を引かれつつ家を出た。(尼川タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(94)

アリの侵入を防ぐ水城

アリの勤勉さは驚くほど。台所はもちろん、家の奥の書斎の机にまで探検者のアリ 1 匹がうろついていたりする。巣までどうやって帰れるのかと、お節介ながらも心配になるほど。昨年の台風の日に、ミツバチの巣箱を補強すべくつっかえ棒をしておいたら、そこを伝わってアリ数十匹が列を作って巣箱への侵入を試みていたこともあった。この場合はアリたちが大雨から避難しようとしたのかもしれないが。

先日、ニホンミツバチ巣箱の入口付近のテラスに、アリの道がいつの間にか開通し物流が盛んになろうとしているのを発見。これはいけないと、台座を新しいものに交換した。古い方には虫の死骸やなにかの卵があり、アリはそこに来ていた。過去にも、アリの侵入が激しくなってミツバチが逃去したことがあった。直ぐにアリ退治を考えたが、市販の薬はネオニコなど殺虫剤が含まれているのが多いので私は使うのを避けることにしている。

城郭の堀割のように巣箱の周りに溝を作ればアリは泳いで渡れない(もっとも、アリの仲間には、切羽詰まれば達者に泳ぐアリがいる)。かつて写真で水盤の上に巣箱を置いたのを見たことがあるが、水面が広いと湿気が強くなるのが気になる。そこで、プランター2 つを買ってきて巣箱の下に並べ、水をはることにした(写真)。また、ボウフラが湧かないようにサラダ油を滴下した。巣箱近くの草木が箱に触っている部分からもアリが渡ってくることがあるので、事前に刈り取っておいた。

アリも集団行動がすごい昆虫だ。昔、兵庫県の山奥で体験したことがあった。それは学童保育の行事で夏のキャンプに付き添って参加したときのこと。雨の上がった夜になって 30 名ほどで夕食のごちそうを広げていた時、明かりを目当てに来たのか突然に現れた無数の羽アリの大集団で宴は大混乱。降りてきたアリで食べ物は覆われ、たちまち黒々となってしまった。でも、これはアリの結婚飛行ということは大人たちには分かったので、直ぐに落ち着きを取り戻した。参加していた子供たちには自然の営みを知る良い経験だったようだ。

ある本によると、アリの結婚飛行は壮大なものがあるらしく、アフリカではクリケットの国際大会が中断に追い込まれた例もあるとか。アリは地域に共存する種 (しゅ)が多い。日没から夜明けまでの時間を分けて、在来の8種それぞれの婚活時間に割り当てがあり(シェアーして)混乱を避けているという観察例が報告されている。割り当てられた時間が来る前に巣を出ようとする焦った若バチを押しとどめる門番の面白い写真もあった。他種との交尾を避けるこの社会的な行動は、エネルギーを浪費し子孫が出来ないという生物学的無駄を避けるためのもので、「生殖隔離」と説明されていた。

アリは小さな体ながらも集団行動と群知能はすごい。分類上同じハチ目(膜翅目) のミツバチにも劣らないかも。このように手ごわい一族のアリの襲撃も、今度の水城のおかげでくい止めることが出来た。(尼川タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(93)

梅雨時に出会った「晴れない」ニュース

遅い梅雨入りになって 2 週間以上になる。庭の草木が茂り、アジサイの花が空間に出しゃばってきて、ミツバチの飛行ルートが脅かされる(写真)。たいていのミツバチは、空の高いところからダイビングするかのようにして巣に戻っている。ミツバチは額アジサイの花に採餌に来るということを聞くこともあったが、ここでは全くその気配はない。それでもどこからか花粉を調達して帰ってくる。

雨が降り続くと箱の中の湿度も高くなり不快指数(ハチにもあるとして?)も上がっているのではと心配になる。空に晴れ間が現れると寸刻を惜しむかのように働きバチが出入りし、また雨が多少降っていても勇敢な働きバチは飛び出していく。だが、さすがにまとまった雨が続く限りは、大勢での籠城を強いられている。 以前のことだが、飼っていたニホンミツバチが長雨の後で逃去(コロニーが丸ごと逃げること)したことがあった。それで梅雨はいつも気になる季節である。

何日も続く雨模様で私自身も外に出るのが億劫になるこのごろだ。それでネットをブラウズしていてさらに気持ちの晴れないニュースに出会ってしまった。それは「abt 助成先情報」に出ていた記事。abt(アクト・ビヨンド・トラスト)は環境問題に取り組む個人や団体に助成を行っていて、「ミツバチまもり隊」の小織隊長も 2015 年度の「広報・社会訴求部門」で助成を受けている。私が見た記事とは、ミツバチ減少の主因に挙げられている農薬ネオニコの人体影響についての最近の研究成果を紹介したものだ。

その研究グループが化学分析を行った報告によると、もはや国内でも食品を通して広範に人の体がネオニコに汚染されているらしい。母体や幼児(新生児を含む) の尿からネオニコ(あるいはその代謝物)が検出された。興味深いのは、ボラン ティアを募りネオニコチノイドを使用していない有機食材を 5 日間および 30 日 間摂取してもらった調査。結果は、日数の経過に応じて体内のネオニコチノイド 低減が顕著だったという。

研究の結果、日本人は胎児期からネオニコの曝露を受けている可能性が高くなった。さらにマウスを用いた実験では、母マウスと胎児を結ぶ血液循環のバリアー (胎盤関門)がネオニコ代謝物の突破を許し母子間の移行が起きているという。

国際誌 Plos One の最新刊(7 月号)にも上記の研究者グループによる研究論文が載っている。

以前、2013 年に欧州食品安全機関(EFSA)が 2 種のネオニコ摂取による子供の脳神経発達障害の可能性を警告した。さらに許容1日摂取量の見直しを勧告し、発達神経毒性の研究への緊急の取り組みを呼び掛けていた。ネオニコが人体内の神経のn-アセチルコリン受容体を阻害することはこの農薬の開発当初から分かっていた。他方、この受容体を持つ神経が胚ないし胎児の頃の神経ネットワーク 形成の役割を担うことは 80 年代頃から明らかになってきていた。今やネオニコが発達障害などで未来を担う子供達に影響する可能性が現実味を帯びてきた。恐ろしいことではないだろうか。

以前からミツバチが身をもってネオニコの害を教えてくれていたのだろうが、人間の社会はそれをあまりまじめには受け止めてはこなかった。今回のように科学的証拠が出ても、為政者や関連する大企業、マスコミの大部分が無視または肝心な部分をぼかすということが続くのだろうか。(尼川タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(92)

夏分蜂を首尾よく捕獲

ミツバチの群にも天気予報士がいるのでは?と思うくらいのグッド・タイミングで、庭のニホンミツバチが夏分蜂(夏期の「のれん分け」)を決行した。と言うのは梅雨に入ってここ 10 日ほど天気が悪く雨の日が多かったから。あと 2、3 日は天気がもちそうなので、おそらく絶好の引っ越し日和だろう。この巣箱の個体数が順調に増えていたので、夏分蜂があるかもと思っていた。まさに今朝、8 時半ころに時騒ぎみたいだが活発な動きがあったので、注意して見ていたのだった。

勢いよく出てきたハチがまた巣内に戻り始めたので中止かと思ったが、再び活発になり巣門のあたりは塊が出来ては崩れまた出来てといった具合で、そこから天へ向かって供給されていく(写真1)。写真は動画の 1 コマなので迫力が伝わらないのは残念!

空中をさまよう無数の点々となった分蜂群引っ越し組は、すぐ傍の高い松の木には関心なく、今日はサクランボとイチジクの木の間を行ったり来たり。それぞれがたてる羽音もうるさいくらいのにぎやかさ。群れの一部は他所(よそ)の敷地に向かうようなそぶりを見せ、固唾(かたず)を飲んで行方を見守っていた私と妻Yは落胆のため息を漏らした。だがその傾向は幸いにも主流とはならず。

大部分のマイクロ・エンジェルたち(ミツバチのこと)は庭の菜園の上を大きな渦を巻くようにしてさんざん動きまわっていたが、そのうち巣を飛び出てから 20分も経たないうちに、停泊地が明らかになった。そのスリリングな時間をじっと待ったかいがあって、私らが「もしや!」と期待していた庭のイチジクの木の太い枝のあたりに集結していった。ちょうどデジタルカメラのオート・フォーカスが合っていくようにして、ついに鮮明な一塊のきれいな形で蜂球が姿を現した(写真 2 )。

実は、昨日のうちにYがイチジクの木の小枝と葉の密集していた部分をいくらか払い取り、下生えも刈り取って風通ししやすくしていた。その意図せぬ作業がミツバチにはアクセスしやすい場を作ったのだろうか。蜂球は目の高さで捕獲しやすいところにあった。まさに捕獲にはおあつらえ向きの位置だ。いよいよ私の出番。大きめのポリ袋を広げその縁(ふち)で一気に塊を内側に落とし込んで、そのまま近くに置いた空の巣箱に中のものをはたきこんだ。袋の中に残ってしまったものたちも、巣箱の傍に袋を広げておくと、次々に這い出ては、巣門から中に引き寄せられるようにして入っていった(写真3)。もし女王バチを捕まえそこなっていたら、箱の中の連中も逃げ出していくので、確保したかどうか心配だった。 だが、女王もどうやらうまく巣箱に収まったらしい。まだ元のイチジクの枝にこぶし 2 個分くらいが居残っていたが、しばらくしてほぐれて、その巣箱に飛んで入っていった。

この後、巣箱を放置しておいたがハチの群はその中で落ち着いて静かになった。本日の捕り物は大成功!と言いたいが、実は捕獲の際に袋を閉じるときに 1 年ぶりにハチに刺されてしまった。ゴム手袋の甲の部分が通気をよくする為に布になっているのを軽視した結果の報いだった。すぐに手当てしたのでわずかに腫れが出たくらいで済んだ。(尼川タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(91)

ビワの実の豊作はミツバチのおかげ

今年は庭のサクランボが不作だったが、それを補うかのようにビワがたくさん実をつけてくれた。あちこちに実が数個ずつ寄り集まり柔らかな橙色が輝いて美しい。朝早くからヒヨドリなどの鳥が 10 羽ほど集団で実をついばみ、またカラスも狙いを定めるかのように飛びまわる。オオスズメバチも甘いのが気に入ってやって来るようだ。一昨年の降雪が厳しいときは積もった雪の重みで小枝が折れ花が枯れるなどで被害が出た。ビワは寒さに弱いので九州や四国などの温暖な地方で生産されている。このマキノの地あたりでビワの生産農家はなく、ビワを高級果実という人もいる。

4 月初めに、庭にただ一本あるビワに袋掛けをした。妻 Y は九州天草のミカン(ポンカン)農家の出だが、昔はビワもいくらか生産していたとかで、ビワの木の扱いには慣れている。袋掛けを言い出したのも彼女だ。私も脚立に上って危なっかしいながらも 100 ほど袋を付けた。まだ実が青く小指の先ほどの小さいときに摘果する。枝先に一塊にある 3 ないし 4 個ずつを一つの市販の紙袋に入れて、口を針金でもってねじって塞いでおくのだ。これで、ビワの実同士が風で擦れたり鳥につつかれる心配がない。ただし作業が面倒なことと実の色がすこし薄いのが欠点。写真1にあるように紙袋が目立つ赤橙色なので、家の前を通る人たちには珍しいのか覗き込みながら通る人もいる。外国からの観光客も写真など取っていき、中には質問する人も。

青梅もそうだが、青く未熟なビワの実やその種子にはシアン化合物アミグダリンが含まれる場合があり、これが体内に入ると猛毒である青酸を発生させると聞く。何十個も食べると健康に害を及ぼす可能性が有るが通常の食べ方では問題にならない。

実も梅雨頃になり色濃く熟れてくると良い香りを出し甘みも増す。わずかにある酸味がうまみを引き立てる。年一度の収穫はやはり楽しみだ(写真2)。近所の人にもいくらかはお裾分けする。ジャムにすると風味が落ちるので作らないがシロップ漬けはいいとかで、Y はたくさん作ってはガラス小ビンに分けて保存し悦に入る。

昨年、初冬にかかる 11 月頃に庭木のビワの白い花が満開になり、甘い香りがハチを誘っていたことを書いた(ミツバチ日記 71)。そのミツバチたちのサービスが実を結ぶことになった。今は亡き働きバチたちの努力をしのんで、出来上がった果実の味をしみじみ楽しむことにした。

セイヨウミツバチの養蜂家はこの初冬の時期にはミツバチを休ませたいらしく、冬を迎えるためにはハチの過重労働を誘うビワの木を嫌うところもあるらしい。私の家の近くにはビワの木があまりない。むしろ蜜源としてはわずかに頼れるところなので、とても有難い存在だ。(尼川タイサク)