マキノの庭のミツバチ日記(40)

連日氷点下の低温に耐えて

最低気温が−(マイナス)9°Cあたりまで下がった。ご近所では、水道管が凍結し風呂が使えなかったとか管の破裂で慌てたとの声も聞く。我が家では、夜の内も水道栓からチョロチョロと出しておいたので、また庭の水道栓には厚いカバーで 覆っておいたので、持ちこたえてくれた。これ程低い気温はめったにないので庭の巣箱のミツバチは大丈夫かと気がかりだった。米国シーリー博士の本では、セイヨウミツバチは外気温-30°Cであっても巣の中を適温に保っているという。そのためには備蓄の蜂蜜を1週間で1kg ほど消費し熱に変えているとのこと。

今日は珍しく丸一日晴天の日。昼には 8°Cくらいまで気温が上昇した。そこで、午後 1 時には待っていたかのように巣門付近が騒がしくなり、巣箱周辺を働きバチ20 頭ほどが飛びまわっていた。辺り一面はまだ雪の積もった白い世界だが、それでも近くの木々の間を飛びまわって探索している猛女がいる。

庭にあるビワの木は寒さに弱い。重い雪をかぶり、時に激しい風雪にさらされてすり切れたような葉の間に、点々と花のつぼみが見られ、わずかに花弁が開いた ものもある。その樹冠に飛び回る影が時々見えた。ブーンという羽音はすれども姿をなかなか確認できない。ミツバチの羽音なら独特の高い音(周波数)のはず。 そこで、録音してエクセルの解析ツール(FFT)にかけて調べることを思いついた。だがその内、ビワの葉と葉の間の小さな青空のパッチ(隙間)に、花に頭を突っ込んでいる姿がわずかに見てとれた(写真、中央の白い矢印の先)。腹部の縞模様はまさにニホンミツバチのもの。横向きになった時にやっと全身が見えたが、 シャープな写真を撮るのには失敗。でも、まだ寒いなか早速に花蜜探索にかかる 仕事熱心さには感心した。多くの花が咲くまでにまだ日にちがかかりそうだが、下見に来たのだろうか。

冬の厳しい時期、籠城中のミツバチ・アマゾネスたちには気が立っているものもいるので油断は禁物。先週のこと、ミツバチの巣箱をかまっていて、出てきた働 きバチに左の掌を刺されてしまった。とりあえずゴムバンドで左腕を縛った。皮 膚に残った毒針を指先でつまみ取るのはよくない。極細のピンセットを用いて毒針を根本から丁寧に取り去った。私は 2 年ほど前にも刺されているのでアナフィラキシーショックがないとは限らない。かねて用意の注射器で傷口を吸引して水洗いし、クスリを塗った。幸いにも腫れも目立つほどにならず、大事に至らなか った。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(39)

ダンス言葉を読み解くミツバチの脳

冬ごもりが続く間に、日ごろ手にしなかった本などを読むことにしている。ある論文には驚嘆した。ミツバチが尻振り(8の字)ダンスで仲間に花蜜のある場所の位置情報を伝えることは、フリッシュ博士の発見によって既に広く知られる。 だがそのダンス言葉がミツバチ自身でどのように解読されるかは謎であった。

その論文とは、昨年秋に福岡大学の研究グループが、セイヨウミツバチの脳内に尻振りダンスで生じる特徴的な音から距離を検出する神経集団(回路)を発見したというもの(J. Neurosci. 誌に掲載)。たかが虫の脳と言うなかれ。最近は虫の脳も人の脳の基礎研究にヒントを与える可能性が言われてきている。

尻振りダンスのような行動は目で見て分かるし興味を惹くが、実際にダンスが周りの蜂の体の中でどのように受け取られ意味を持つかは外から見えない。そのブラックボックスみたいなものの内側で主役を演じるのが神経細胞。ミツバチの神経細胞がどのように情報を運んでいるのかを知ろうと思えば、極細の電極を個別の細胞に差し込んで電気記録を取らねばならない。ミツバチの脳がいくら小さいといっても、細胞の数は無数と言ってよいほどで、それらを生きたままの状態で 調べるには根気のいる繊細な作業をやらねばならない。大概の者は途中で断念する。今回、困難な仕事をやり遂げた研究者たちはすごい!と思う。

さて、ダンス解読の話に戻ろう。巣の中は昼でも暗闇なので眼が使えず、音や振動が情報伝達の主な手段になる。ダンサー(偵察バチ)の尻振りダンス(イラス ト参照)は蜜源などの場所までの距離と方角を表す。ダンスでは直進部(波線部) を通るときに翅と腹を震わせる。その時出す一連の断続音は周りの働きバチの触 角に捕らえられ、神経繊維を走る信号(電気パルス波)の形に符号化され、脳の 聴覚担当部に送り届けられる。この度の研究で、ダンスの断続音の長さから距離 を解読(解聴?)している聴覚回路が実際にミツバチ脳の中に初めて見出された。

情報の流れはそこではどうなっているのだろうか。実は、神経細胞同士の微妙な調節がなされている。ある神経細胞は、ふだんはお隣さんの細胞に抑制をかけ暴走(?)を抑えているが、音の信号が到来している間に限って抑制を止める。その間、相手の細胞は自由になって電気パルス波を発信する。この一連のパルス波信号の長さにより、多分目標までの距離が認識される。これらの細胞は、ダンサーが出す特徴ある短い音パルスに対し最も強く敏感に反応するが、それ以外の音や雑音はほとんど無視する。つまりラジオの選局(同調)機能のようにふるまっているのだ。

距離の他に、蜜源のある方角の情報は、上下方向と直進部(図の波線部)の間のズレの角度で表される。上記の細胞の仲間のひとつが、ズレの角度の解読に関与する可能性もあるそうだ。距離と方角が分かれば、特定の一地点が指示される。 ダンス言葉を成り立たせる仕組みが、あの小さなミツバチ脳にあることが解き明 かされつつある。我が家のニホンミツバチたちにもこの回路はあるのだろうか。

我々人も生きていく上で多くを頭脳に頼っている。ミツバチの脳の今回のような研究が、「認知」とか「思考」ということの意味をあぶり出すかもしれない。そんなことを思うと楽しくなる。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(38)

今度こそ最強寒波の襲来

いやに静かな朝。雨戸を開けると、一晩の内に 40 センチもの新たな積雪になっていた。積もった柔らかな雪が世間のよごれた音を吸い取ってくれているのか。 「今季最強の寒波」と、去年の 12 月ころからたびたび言われてきた。だがその割に、ここマキノの地ではこれまで大した積雪はなかった。それでも今朝のように 急激な積雪と低温化は、まさに当地でも今季最強の寒波襲来と言えよう。東京で 氷点下が数日続いたのは 32 年ぶりのこととテレビが伝える。マキノの土地の人の話では、以前、3 メートルの積雪になって 2 階から出入りしたことがあるとか。 たぶん数十年前のころの話なのだろう。

今日はいよいよ高島市にも大雪警報が出ている。JR湖西線も大雪で運転打ち切りや運行の乱れが伝えられている。今日の最高気温は氷点下 1 度止まりとか、あ まり経験したことのない低い値だ。とにかく、とりあえず朝から雪かきが必要。 門扉までの数メートルも 50 センチほどの雪で覆われていて歩けない。それで 30 分の雪かき重労働に専念し、生活道路を確保した。この雪かきの間も急に激しい 吹雪になり、閉ざされたように感じられ周りが見えづらくなる時があった。これ はホワイトアウトというのだろうか。

さて大きな関心は、裏庭に置いているニホンミツバチの巣箱の状態。昨日、小さ なスノコを巣箱入口の近くに立てかけておいたが、どうなったかと心配だった。 積雪が邪魔でおいそれとは近寄れない。レスキュー隊老隊員の若干 1 名、雪かき をしながら、1歩1歩と巣箱に向かう(写真1)。巣箱の台座部分は雪に埋まっているが、一応無事な様子を見て一安心。巣箱正面に置いた小さなスノコはしっか り隙間を確保し、空気取り入れ口(巣門)を守っていた(写真2)。

1 頭のミツバチが中から飛び出してきて辺りをうろついたが、寒さに耐えられず 雪の上に落ちケイレンしている。そのハチを取り上げて巣門に置いた。ハチの糞 (ふん)で巣箱の白壁には黄色い点々が増えている。白色のものの上に糞をするとよく言われる。近くの雪の表面にも黄色いスポットが見られるが、これはこらえきれずにやってしまった跡なのか。

雪かきの後は腕や腰が痛む。今日のような降雪だと日に 3 回は雪かきが必要。まだしばらくは雪が降り積もるというので、油断できない。しかし楽しみなこともある。雪景色は一夜のうちに違った世界を見せてくれる。葉の落ちた庭木の枝に 雪の花がにぎやかに咲くのを見るのも、たまには良い。鳥たちの姿を近くに見る のもまた楽しい。ムラスズメが数羽で訪れるのも度々だ。家のベランダにまいてやったパンくずをさかんにあさり、素早く呑み込んでいく。あたり一面の雪でエ サが見つけられず、よほど腹が減っていたのだろうか。その丸い頭、美しい模様 の羽、ふっくらとした丸っこいからだにあふれる可愛さに見とれてしまい、しば らくはぼんやりしていた。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(37)

ミツバチと冬の虹

今年の三が日は天気が良くなかった。3日の朝は雪で、ときには曇り空。寒い冬
場ではミツバチは巣箱にこもってしまい、出入りが目立たなくなる。その静かな
巣門に巣屑(すくず)を出しに出たミツバチ1頭がいた。そのハチと目が合った
(?)とたんに急発進のスクランブルをかけられ、私はしつこく追いまわされる
はめに。追われたのはその日で2回目。初めの時は、箒(ほうき)で巣屑を払っ
てやろうと寄ったときに、たまたま出てきハチさんとぶつかりそうになった。思
わず腕を払ったところ、怪しいやつと思われたのか、まとわりつかれ走って振り
切ったのだった。冬は気が立っているので巣に近づくなとよく言われる。

7日、一時的に晴れ。朝、命失われたハチの体が15頭分ほど巣箱の外に放り出さ
れていた。巣の内から飛び出して亡骸を抱えて行くのもいる。途中で重さに耐え
られなかったのか一旦は地面に下りたが、気を取り直したようにまた抱きかかえ
て遠くに運んでいく姿もあった。巣門付近のテラスでは巣屑の掃除も盛ん。巣屑
をくわえてテラスをちょっと飛んで、外に放り出すとU-ターンで巣の内に戻って
いくのが数頭。驚いたことには外から白い花粉を持って帰った働きバチがいたこ
と。今咲いている白い花粉の花はなにだろう?昼過ぎ3時近くで「時騒ぎ」(*)
がみられた。気温を測ったら摂氏7度付近であった。

9日。前日は雨やアラレの寒い1日だったが、今日の気温は8度くらいでときど
き晴れ間も出る。働きバチにとっては、冬ごもりで待機の後の待ちに待った掃除
日和らしく、巣門にたくさんの巣屑を出していた。巣の側面に貼り付けた発泡ス
チロールの真白な表面に、ところどころ黄色いシミが付いている。じっと我慢し
て腹に溜め込んでいたのを手近なところで排泄したらしい。

午後になって時雨(しぐれ)、ときにはアラレが降り、しばらくして晴れ間から陽
光がさす。それも15分ばかりでまた雨。この繰り返しのように目まぐるしく天
気が変わる。その晴れ間の見えたとき、巣箱の向こうに虹が立っているのが目に
入った。秋から冬にかけて「高島時雨」と呼ばれる天気の頃には、市内によく鮮
やかな虹が見られる。

虹の半円がまるで巣箱の裏から華やかに立ち上がるふうに見えた。それが気に入
って写真を撮ってみたが、残念なことに虹の色が薄くてはっきりしない。しゃく
だからスケッチにしようと思ったが、これもうまく描けなかった。色鉛筆なんか
で虹をきれいに描こうとするのはかなり無謀なことと思い知った。

その時思ったのだが、ミツバチにこの虹の色はどう見えるのだろうかと。ミツバ
チの色覚からすると、虹の環の外側にある赤色帯はほとんど分からない。その代
わりに、波長が短すぎて人には見えない近紫外部の光は、環の最も内側(紫色帯
の隣)に並んで、現実の色として見えているはずだ。紫外線の色がどんな感じの
色に見えているのかは我々には知りようがない。ミツバチたちも虹を眺めて、き
れいだなんて思うことがあるのだろうか。(タイサク)
(* 時騒ぎ;巣箱に向かい10数頭ほどがホバリングしながら飛んだり、あた
りを探るように飛びまわったりする現象で、短時間内に終わる。若バチの飛行訓
練だといわれる)

マキノの庭のミツバチ日記(36)

年の終わりに

今年 2017 年は、恐ろしい(あるいは不幸な)事件が頻発し、国際的には米朝の 緊張関係などもあり不安感に満ちた年であった。だがミツバチとの関わりで言え ば、個人的にはけっこう興味深い面白い年だった。

5 月、庭の鉢植えのキンリョウヘンに、花房がたわわになるほどにニホンミツバ チが集合したことがあった。野生の群を招き寄せて巣箱に確保できたのは初めて の経験。驚きであり楽しい事件であった(17 号)。その群れが半月も経たないう ちに、寄生ダニ(アカリンダニ)によりみるみる内に滅亡していったのは、これ また驚かされ残念に思ったことでもある(19 号)。不自由な羽で無理に飛ぼうと したり、巣房に頭を突っ込んだまま餓死したりしている蜂を見て痛ましく思った。

同じ頃、琵琶湖対岸の地に住む Bee 仲間の I さんらが、ニホンミツバチの一群れ の住む巣箱1個を、我が家に持ち込んでくださった。その群れのルーツは山梨県 から移入したもの。アカリンダニの寄生に強い群れで、手作りの巣箱もその地の 技術導入がなされている。こうして、新手の一家が裏庭に住み着いた(20 号)。 箱側面には板チョコくらいの広さののぞき窓がありコロニー観察に大いに役立ち、 日記のネタをいくつか提供してくれた。

分蜂は毎年経験することではあるが、いつ見ても印象深い。6 月の朝 8 時すぎに 夏分蜂が起きた。松の木の高いところを無数の蜂の群れがさまよったのち、木の 枝の一点に急速に集まって塊(蜂球)を作った。高いところだったが、長い梯子 (ハシゴ)を使っての回収成功で久しぶりに興奮した。捕獲群は同じ町内だが少 し離れた山際の農家にお譲りした(23 号)。その 4 か月後にこの養子組と再会し、 元気な姿を見ることが出来た。

8 月のある朝の 6 時過ぎだったか、すぐ近くの田にラジコン・ヘリが農薬(ネオ ニコ)散布に来た。稲の害虫カメムシなどの駆除が目的。散布では風向きが気に なった。過去にも、散布の後にミツバチの調子が悪くなりコロニー絶滅に至った 経験がある。散布空間を飛んで被曝(ひばく)するのを避けるため、巣箱の出入 りを一時的に止めた(26 号)。残留性や浸透性といったネオニコの危険性がまだ 広く知られていないのがもどかしい。

秋になり様々の花が咲き乱れてきた頃に蜜絞りを決行。取り出した 7 枚の巣板は 切断面が霜柱のように見える。巣板には、表面に白いシール(蜜ブタ)が貼られ ている。それをはがしていくと、琥珀色の蜜のドロリとしたしたたりがまぶしか った(30 号)。

花蜜と花粉に生計を頼るミツバチは、花が季節の移ろいとともに次々寿命を終え ると、新しく咲く花を求めてジプシーをやり続けなければならない。秋が深まる と、そんな働きバチたちの愚痴が聞こえてきそう(32 号)。

12 月に入ったばかりなのに真冬並みの強い寒気が到来。保温対策のつもりで、巣 箱の 4 面に発泡スチロールの板を 2、3 枚ずつ重ねて貼り付けた(35 号)。

以上は振り返ってのトピックス。ミツバチも付き合いが長くなると、なんだかフ ァミリーみたいに身近に感じられる。時にはこちらも観察されているのではと思 うことも。とにかく、無事この厳冬を乗り越えてほしいと今は念ずるばかり。(タ イサク)

*文中の(号数)は日記の通し番号。「ミツバチまもり隊」ホームページにバック ナンバー収録。

マキノの庭のミツバチ日記(35)

12 月、真冬並みの寒気が到来

数日前までは小春日和を思わせる好天で、ストームみたいにして若いニホンミツ バチ 15 頭ほどが巣門近くを飛びまわっていた。この若手が春までがんばること になるのだろうか。ついつい期待の眼差しを向けてしまう。

そのミツバチを狩りにきたわけでもなさそうだが、オオスズメバチの 1 頭が急に 現れた。見たこともないほど大きなオオスズメバチの女王で、たまたま換気で開 けた我が部屋の窓から入ろうとした。この女王には大いに興味をひかれたが、入 られたら我が家の人間社会に混乱がもたらされるので、つれなく窓を閉めた。彼 女は越冬地をあれこれと探し回っている様子で、その内どこかへ去った。

この時期、スズメバチの家族は崩壊していき、多数いたワーカー(働きバチ)た ちは命を落としていくが、生き残るのはほとんどが若い女王バチ。その体内には 交尾相手の雄バチの遺した精子が卵子とともに貯えられている。女王は朽ちた 木々や倒木などに身を隠して越冬し、春になると産卵して自らの新しい家族を一 から作り出し命をつないでいく。先ほどの女王の飛ぶ姿に孤独の影を見たように 思ったのは気のせいだろうか。

その点、ミツバチは貯えのある暖かい巣の中にいて家族大勢で冬を越すことがで きる。天気予報では、夜半に大陸から今季最強といわれる寒波が下りて来て、当 地もみぞれになるという。気温もしだいに下がるのが感じられた。そこで、庭に ただ一つある巣箱の 4 面に、発泡スチロールの板を 2、3 枚ずつ重ねて貼り付け ヒモで縛って固定した(写真)。これでずいぶん暖かなのでは。

昨日は西日本の宮崎や広島あたりでもかなりの積雪があったとニュースが伝える が、意外なことにこちらは目立つほどの降雪がない。いつもは若狭湾から関ケ原 にかけての雪雲の侵入路があるみたいで、いの一番に雪が降る所だ。だが、今回 は寒波が西から回り込んできたというニュース解説で納得できた。昨夜のうちに 初雪かみぞれが降ったのだろう、隣の屋根の一部に白いものがわずかながら見え た。まだ 12 月に入ったばかりなので、これから先の厳冬期が思いやられる。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(34)

冬ごもりに向けて

めっきり寒くなってきた。まだ11月下旬に入ったばかりというのに、今日の最高気温は7度で真冬並みだ。ニホンミツバチの巣箱もここのところ出入りが急に減り、産卵に欠かせない花粉の持ち込みもない。あたりに咲く花も少なくなったが、ミツバチの方でも冬に備えて産児調節に入ったのかもしれない。働き手の蜂が生まれてこないと巣そのものの自主管理・運営が大変。だが良くしたもので、寒くなって冬場にかかると働きバチの寿命が延びて3か月かそれ以上になる。ふつう、働きバチの寿命は1か月ちょっとくらいだから大幅アップだ。花がないと蜜集めなど外勤の仕事はないが、巣を守って春の活動再開までの越冬業務が彼女らの双肩(?)にかかってくる。たとえば巣の温度を保つための暖房活動はおろそかにできない。

前にも書いたが、働きバチは胸の筋肉(飛行筋)を激しく動かすことで熱を発生させる。ただし羽そのものへの連結をはずすので、真夏での旋風行動のように風を起こしてあたりを冷やす恐れはない。冬の暖房の燃料に相当するのが蜂蜜で、筋肉にエネルギーを供給する。冬を無事に越すのに蜂蜜の十分な備蓄が必要なのは言うまでもない。

庭の巣箱は箱枠(四角の木枠)を3ないし4段に重ねて作られており、今は最上段の箱枠に設けられた観察用の窓から内をのぞくことができる。先週までは働きバチの集団がその最上部の巣板の表面を黒々と占領していたが、最近ではわずか2、3頭しか見られない。その代わり、蜜液が小部屋(巣房)に貯えられキラッと光っている有様がよく分かる(写真1)。

先の6月頃には、こののぞき窓の付いた箱枠は中段の位置(巣箱の中頃)にあり、そこから内をのぞくとちょうど育児域あたりを見ることができた(日記24で書いている)。秋の採蜜の時に最上段の箱枠を内の巣板ごと取り去り、中段にあった箱枠が最上段へ繰りあがった。その際、一番下に空の箱枠1つを継ぎ足している。のぞき窓から見える最上段の箱枠の内側は、6月の頃と全く同じ巣板の部分を見ていることになるが、そこの巣房に収められているものはどれも蜂蜜だ。前はさなぎを収容していたそれぞれの巣房は蜜壺(みつつぼ)と化している。巣の上部に蜜を貯めるのはニホンミツバチのいつもの習性で、もちろん育児域はより下方に設けられている。

閑散とした様子にすこし心配になって箱の下部をのぞき見ると、巣板の下端には蜂がびっしり詰まるように集まっているのが見えた。一か所に集合して体を寄せ合い、暖を取るようなモードになったのだろうか。厳冬期には蜂球を巣の中央部に作るといわれるが、まだそこまでには至ってない。ただ、その準備が始まったようで、巣板のうち邪魔な部分をかじり取って生じたとみられる巣屑(すくず)が巣門に出されるようになった。

遠くに見える赤坂山などには初冠雪が見られた(写真2)。平地に雪が降る前に対策をとらないといけない。巣門に細い木片を入れて入口を狭くし、寒風を避けるようにした。ついで、とりあえずだが発泡スチロールの板を箱の側面に貼り付けた。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(33)

分蜂群との再会

7月2日に我が庭の巣箱の群から分蜂が起こったことは既に日記(23)に書いた。梯子(ハシゴ)に上って蜂球ゲットの時、捕獲袋にズシリと来たあの瞬間の感触はまだ生々しい。その群れを、3キロほど離れた峯森さん夫婦(前記日記では、「マキノのあるお宅」)に譲渡したのだった。このご夫婦も以前は蜂球を捕らえて丸胴型の木箱に飼っていた経験があるとか。

その後、養子に行ったコロニーは生き続けているとのことを耳にしていた。その峯森さん夫婦のところに4か月ぶり、前と同じくミツバチまもり隊の小織さんとともに訪問することになった。マキノ町の山沿い、果樹園に囲まれた農業公園「ピックランド」から南方しばらく行ったところにお住まいがある。あたりは山際で、古くからの家もあり寺や神社もある静かなところ。ご夫婦は退職後にこの地で家庭農園(自家農園)を営み、米・野菜・花などの供給販売とさまざまの家畜やペットと暮らす毎日とか。農園のほか雑木林をもち、客が自然のたたずまいの中でゆっくり野菜を採り花を摘めるようにしているのが素晴らしい。玄関先には鶏のウコッケイ8羽ほどがお出迎えというか物珍しそうにこちらをながめていた。

峯森さんらとの挨拶もそこそこに、早速に巣箱のある庭先に案内される。そこは石造りの手水鉢や石灯篭の立つこじんまりした中庭になっている。縁側のそばに巣箱は置かれていて、元気にミツバチが飛び交っていた(写真)。外勤バチらが庭を抜けてまっすぐ飛び行く先は、金平糖(コンペイトウ)のような花を多数付けたママコノシリヌグイが占める草地。小川の堤や稲田のあぜなどに広がって咲いている。少し前まではキバナコスモスが主な蜜源だったとか。戻ってきた外勤バチは、時には私へ「ビビッ!」と警告音を出したり無遠慮に頭にぶつかってきたりした。「元の飼い主のおっちゃんだよ、忘れたか」と声をかけたくなったが、分蜂前にウチの庭に居た連中は、すでに何代か前の姉さん方なので今はこの世にいない(母女王は元気に生き続けているが)。ともかく、こりゃ皆さんとても元気だ、心配いらない。

箱の状態をみる。前扉を開けて内側を見ると、巣屑などはなく床はきれい。底すれすれまで伸びた巣板の塊が大きい。表面にびっしりとミツバチが付いていてにぎやかだ。峯森さんが巣門にスムシを見たとか言うのが心配材料だが、この強群だったら乗り越えるだろう。

この再会の後は、ハーブ茶をいただきながら四方山話。冬の過ごし方や寄生ダニ(アカリンダニ)への対策で保温材を巻くことなどを話し合った。お宅を辞しての帰り道、メタセコイアの並木にところどころ歯抜けのようになっているのが目に留まった。この前の台風による倒木被害の跡だった。我が家に帰り着いて、庭の巣箱の連中に「従妹たち」と会ってきたことを報告するが、ここでもあっさり無視されてしまった。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(32)

花の命は短くて

『放浪記』の作者、林芙美子の詩に由来するといわれる「花のいのちは短くて苦しきことのみ多かりき」のフレーズはあまりにも有名だ。しかし、むしろこれは人よりもミツバチ(働きバチ)の方で言いたい切実な言葉なのかもしれない(「花」を文字通りにとるとして)。花蜜と花粉に生計を頼るミツバチは、花々が季節の移ろいとともに次々寿命を終えると、新しく咲く花を求めてジプシーをやり続けなければならない。秋も深まり花も少なくなるこの時期には一層気になることであろう。

だいぶ前、たぶん10月の中頃だったか、道端に黄色い小花を付けたアメリカセンダングサがいつの間にか茂ってきた。悪名高い外来種なので本来は引き抜いて駆除する対象なのだが、思いがけずにもその花にニホンミツバチが5頭ほどたかっているのを見つけた。我が家から近いところなので、「ウチの連中」だろうか。熱心に採蜜しているのが分かり、現金なもので私はその草を駆除する気になれなかった。しかし間もなくこの道端の草は刈り取られてしまった。そのあと、マキノ駅前の花壇にサルビアの真っ赤な花が咲いた時も、数頭のニホンミツバチが来ていたが、花が枯れる頃にはいなくなった。

巣箱を置いてある庭に、妻Yがミツバチのためにと植えておいたわずかなツワブキが花を付けた。アブやアオバエがさっそく来ているが、我が親愛なるハチたちはそれを横目に見ながらも、そそくさと西側へ飛び立っていく。何か大口の蜜源があるのだろうか。それではと、私も自転車でその方角を見当に花を探しに出てみた。川べりや空き地を占拠するように咲くセイタカアワダチソウの黄色い花は、盛りを過ぎて枯れかけているのが増えてきているが、それでも数は圧倒的に多く残っていて、おそらくはミツバチの蜜源としてあとしばらくは役立つのだろう(写真1)。しかしニホンミツバチが採蜜する姿をついに見出せず。働きバチはたしかに白や橙色の花粉を次々運び込んでいるのでどこかに蜜源があるはずだが、結局見つけられずに今回の探索を断念した。

ところがその翌日の散歩の途中、浜をめぐる遊歩道の脇にイモカタバミが密生しているところに行きあわせた。その群落の中にニホンミツバチが花蜜を吸っているのを発見(写真2)。よく見ると、仲間を呼び寄せたのか近くに5、6頭の姿が見える。群れで採蜜中のニホンミツバチを久しぶりに目にして、私は嬉しくなり写真を撮りまくった。距離からしてたぶん我が家の巣箱の住人らが出張してきているのだろう。

先ほどのアメリカセンダングサ、セイタカアワダチソウといい、それにイモカタバミといい、あちこちにはびこって嫌われ警戒される外来種植物だが、この花不足の時期に盛大に花蜜や花粉を提供してくれる。我が国古来のミツバチであるニホンミツバチが外来種の植物に命を支えられるというのも、何か皮肉めいた話だ。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(31)

2つの台風に耐えて

季節外れの2つの台風、台風21号と1週間をおいて22号がやってきた。台風21号は今年初めての超大型台風といわれる。各地に残酷な爪痕を残していった。私の住むマキノ町でも、深夜、瞬間風速20メートルを超えると思われる暴風が荒れ狂い、雨量も予報通りで毎時20ミリほどの激しさ。瓦や外壁が飛ぶなどの被害が出た所もあった。かなりの地区では電柱倒壊などにより30時間ほどの停電に見舞われもした。我が家の付近は幸い瞬間的な停電ですんだが、轟音を伴う風が恐ろしく心細く感じられた。後日、すぐ近くの知内川沿いに散歩に出たとき目にしたのは、遊歩道の脇に打ち倒された太い桜の樹が数本。根こそぎえぐられて地面には2メートルほどの穴が開いている。ゾッとする光景だった(写真1)。風に弱くよく停まるといわれるJR湖西線だが、今回の台風21号では、比良駅近くの高架でコンクリート製の架線電柱が9本も折れ、2日以上の運休となった。

その嵐の襲来を受けて、庭の巣箱はとても持ちこたえられまいと私は観念した。だが風が少し治まった明け方に恐る恐る様子を見に行くと、それでも巣箱はなんとか立っていてくれた(写真2)。強風にあおられて箱も激しく揺れたのだろう、つっかえ棒が飛ばされていた。床板は雨水で濡れ放題。半月ほど前に巣箱の台座など下部を取り換えていたので、箱の継ぎ目から内側への雨水が浸み込まないかと心配だった。中にいたミツバチたちにとっては不安(?)の連続だったかも。6本の足をふんばったり、キャーと叫ぶ代わりに羽を震わせたりして耐えたのだろうか。それでも、北向きのフェンスに取り付けていた葦簀(よしず)が巣箱に当たる風を防ぐのにいくらか役立ったかもしれない。傍に立つ柿の木はほとんどの葉を削がれ、収穫前の柿の実があたりにばらまかれるように落ちていた。

2つ目の台風が去って、今朝は久しぶりの青空が現れた。いわゆる日本晴れ。2日間箱に閉じこもっていたミツバチたちは、ここぞとばかりに朝から出入りが盛んになった。晴天なのはいいが外の気温が急激に下がってきて摂氏10度を割っている。木枯らし一番が来るという天気予報も出た。この寒さで花(蜜源)はどうだろうと気になった。ミツバチにとっても「一難去ってまた一難」といったところだろうか。(タイサク)