マキノの庭のミツバチ日記(57)

レールも延びる酷暑のもとで

大雨が終わり梅雨明けになったと思ったら、今度は酷暑に責められることに。京都市では記録的な暑さで 40度近くになったという。ここ高島市でも連日のように「高温注意情報」が出されるようになった。マキノ町の湖岸に近い我が家でも、 昼には気温が 35度などになることも度々だ。JR 西日本では、気温上昇で鉄道レールが熱膨張して、一部の区間で徐行や運行見合わせなどが起きた。その影響は湖西線にも及び外出を中止したこともあった。

この猛暑の頃になると、ニホンミツバチ養蜂家達は巣箱に工夫をして、入口を 4か所にして風通しをよくするとか、ヨシズを掛ける、保冷剤を入れるなどの対策をとる。私のところの庭に置いた 2つの巣箱では、板状の保冷剤を凍らせたのを巣箱の天板の上に置いているが効果のほどは不明。夕方になると保冷剤も溶けて温かくなるので取り去っている。短いが直接陽光が当たる時間帯には、我が家なりの日よけを用意して影を作ってやっている(写真1)。時には庭に打ち水などしているがすぐに干上がってしまう。エアコンの室外機(熱交換機)がたまたま巣箱の近くにあるので、困ったことに熱風源となる。そこで私はジレンマに落ち、 冷房を入れて涼を取るか、冷房を切ってミツバチの適温環境を守るかで度々悩むことになった。

毎日の高温にめげず、巣門のテラスでは黄色い縞の体色が目立つようになった働きバチが、20頭ほど常駐して旋風行動(写真2)をやっている。皆で羽ばたいて巣箱の内側に風を送り込み続けているのだ。それへの手助けにと思いたったのが、 先ほどの保冷剤設置だ。だが、ウチのミツバチには巣箱の天板に設けた通風用メッシュをロウでもってふさぐ傾向があり、保冷剤を置く前にロウをかき取っておいた。翌日見るとやはり新たにロウでふさいでしる。今頃のように熱い日々には通風孔があるのがメリットのはずと思うが、よく分からない。

先日、京都で持たれたあるセミナーに出席したが、地下鉄烏丸御池駅から地上に出たとき、蒸し風呂にいるような暑さに驚かされた。気温が実際には 40度以上 あったのでは?その会で合った一人の方が、飼っていたハチの巣箱が暑さで巣落ちし逃去になったと嘆いていた。重箱式巣箱の中に支えの細い棒も入れていたが 駄目だったとのこと。

巣の本体である巣板はミツバチ自身が分泌した蜜ロウで作られ、ハニカム構造のきれいで能率的な収納箱になっている。だが材質そのものがロウなのが裏目に出て、高温に耐えられなくなることが起きる。

試しに貯蔵していた蜜ロウのカケラを戸外に置いて気温での変化をみてみた。さすがに 40度を超えるとロウ屑はしんなりとして柔らかくなってきた。蜜ロウの融点は 60度より上のまだ高いところにあるのだが、既に 40度くらいでは張力が 落ち、巣板に収めた大量の蜜や幼虫の重さに耐えられなくなるのかも。ハチにとってもこのような異常な高温の気候は想定外なのか。というより遺伝子情報には対応策が用意されていないのかもしれない。

それにしてもいつまでこの暑さは続くのだろう?テレビの気象予報士の解説によると、日本列島の上には太平洋高気圧とチベット高気圧の2つの勢力が重なって 2重の暑い空気に抑え込まれ、8月中旬頃まではこの状態が続くという。酷暑に当分耐えなければならないと思うとうんざりしてくる。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(56)

大雨に耐えて

6 月末のことだが、琵琶湖対岸の米原では竜巻が発生し、屋根がはがされる被害が 200 件ほど出た。その後、竜巻発生予報情報が当地方にも出るようになり、高島市の防災無線でもこれまで耳にしたこともないような竜巻注意を呼び掛ける臨時放送があった。黒い積乱雲や雷のさいは、堅牢な建物に避難をという。数年前までは竜巻はアメリカで起こることとしか思っていなかった。温暖化の影響がこのような形で定着してきたのかもしれない。

それからわずか 1 週間後の 7 月 5 日に大雨警報、洪水警報が当地方にも出された。その夜、私の携帯からのアラームに驚かされた。高島市域の一部に対しての避難準備情報だった。今回はすぐ近くの知内川にも「水防団」待機の指示があった。JR湖西線は早くから運休している。原発事故が起きた場合の避難道路とされ敦賀に至る国道 161 号も、降雨量が危険水準に達したということで通行止めとなった。

翌朝、家の前の高木浜ビーチに行くと、波打ち際は例になく大量のゴミが流れ着いていて、中には冷蔵庫のような大きな物もあった。オートキャンプ場の重機が登場して懸命に処理に当たっていた。普段は観光客の来ない西浜の 1 キロほどの 湖岸は私のお気に入りの散歩コースの一つだが、そちらも波打ち際に沿ってゴミが貯まり、しばらくは手つかずのままの状態(写真1)。湖に流れ込む用水路も流 木やちぎれた葦などで埋まりそう(写真2)。

あの豪雨のもとで当地マキノも危ない状況だったのかもしれないが、結果的には大事に至らなかったようだ。滋賀県には出なかったが、数十年に一度の大雨に出されるという大雨特別警報は、お隣の京都府や岐阜県、そのほか西日本の 9 県に相次いで発令された。今回の歴史的豪雨は全国で 200 名を超える犠牲者を出す大災害になった。

強烈な降雨が長時間におよぶので庭のニホンミツバチの巣箱も心配になった。そこで巣箱の屋根の波板を急きょ増設した。巣箱のつなぎ目などから浸水するのを恐れてのこと。庭が浸水するほどではなかったので、台座のかさ上げはしなかった。しかしこの雨が少し弱まると遠くへ飛び出していく働きバチがいる。エサ集めは実質的に無理なお天気なのだが、何のためにか。まさか次の住処(避難場所?) を探す下見では、と疑心暗鬼にもなった。というのは、以前のことだが、梅雨時の長雨がやっと収まった後、庭に飼っていたニホンミツバチが逃去(*)したことがあった。ほとんど蜂蜜を残さないで忍者集団のように密かに行方をくらました。まだニホンミツバチとの付き合いが浅かった私は、茫然としてしまったのだ った。

雨がかなり弱くなった昼下がりにミツバチの様子を見にいったら、巣箱の前がにぎやかになった。いつも昼下がりに起こる時騒ぎのようだが、激しさがある(写真3)。分蜂か逃去の時を思わせるほどでちょっと心配であったが、30 分ほどで 落ち着いた。よく見ると、ちゃっかり黄色い花粉を持ち込んでいるのもいる。彼女らも、長く続いた悪天候で貯まったフラストレーションの解消で、激しく動いてみたのだろうか。(タイサク)

<*(とうきょ)エサ場の減少、天敵による度重なる襲撃などで、コロニー全体で巣を捨てて他所に逃げること>

マキノの庭のミツバチ日記(55)

スズメバチ・トラップ

今の季節、雑木林に沿った道を自転車に乗って快適に飛ばしていて、よくぶつかりそうになるのがミノムシ。高い樹の枝から糸にぶらさがって空中に浮かんでいるのだ。こちらがうっかり口を開けていると、思わぬ味覚を楽しむ(?)ことになりかねない。次に多いのが飛行中のスズメバチ。それもかなり太いオオスズメバチだ。だが相手もたいていは驚いてくれて、あわてているのか攻撃モードからは程遠い様子。お互い平和的に別れることができた。しかし、初夏になると庭のニホンミツバチの巣箱付近にも天敵のオオスズメバチの姿が目立つようになった。

スズメバチ対策として、庭のサクランボの木の枝に1個のボトル型のトラップをつるしてみた(写真1)。これがまたよくかかる。中の液の正体は、市販オレンジジュース、酢、日本酒それぞれ150ミリリットルを混ぜあわせたもの。2リットル用のプラボトルに入れ、上の方の2か所にX字型の切れ込みを入れている。切れ込み部は内側に少し押し込んでいるので、大型のハチは入りやすいが出にくい、まさにワナになっている。

スズメバチは女王バチが単独で一からの巣作りや、昨秋の交尾で貯えた精子を使って子作りをしている頃で、手勢(つまり働きバチ)が増えるのはまだ先のこと。秋口になって手勢が50頭から多くて100頭ほどにもなると、ミツバチにとって大脅威になる。そこで、今のうちに女王を駆除しておくと防御効果は絶大になるかも。

春からこれまでにこのワナにかかったのは、キイロスズメバチは数頭とわずかだったが、オオスズメバチの女王バチはなんと42頭もかかっていた。その中でも大きいものは体長5センチを超える(写真2)。頑丈なフルフェイス・ヘルメットをかぶっているように見える顔の下部には大あごが隠され、腹部は鎧を着たみたいにガードされている。写真では見えないが尾部には強烈な毒のカクテルを注入できる毒針が収められている。

数年前の年、巣箱を狙う1頭のオオスズメバチを捕虫網で駆除しようとして逆襲されたことがあった。最初の一撃を外してしまうと怖い。逃げたと思って安心していると、折り返し超特急の一直線で戻ってきて狙われたのは私。彼女らの飛行速度は時速40キロととても速い。何とか気付いて体をかわし攻撃を回避できた。この時は油断していて顔を守る面布(網の付いた帽子)をかぶっていなかった。もし刺されるとただではすまなかったかも。

しかし一方でこの獰猛なハチもワナにかけるのは気の毒な感じがする。ボトルの中で懸命に逃げようとしてもがいている姿を見ると気が咎める。スズメバチも昆虫が増えすぎるのをコントロールする自然界での役目があるといわれる。絶滅させて良いというものではない。ミツバチへの偏愛からの暴挙をやってしまったと心痛むことも。妻は、スズメバチさんも酔っぱらって往生するのだからいいんじゃないと言うのだが。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(54)

2 回目の夏分蜂

6 月16 日昼頃にまたまた夏分蜂(2 回目)が起きた。分蜂の時は羽音から、通常の活動とは違うことが分かる。巣箱を飛び出したハチの群れが庭全面を飛びまわり始める。いつもなら15 分も経過すればどこかに集まって落ち着くのだが、今朝は30分ほども飛び続けていた。この日は風がやや強く秒速 4 メートルはあるようだった。群れがまとまらずなかなか収束にいたらないのは、風でフェロモン信号がかく乱されたからだろうか?

大きな渦のようにも見えるその中から、働きバチ2、3頭が飛び出して軒下に隠れている私の方に向かって来るのがいた。早速インタビューでもしようかと近づ いた私を無視した彼女らは、軒先を点検し終わるとすぐに元の渦に戻っていった。 それぞれのハチが遊んで飛びまわっているというよりは、真剣に何かを探しているといった感じ。情報を集めて吟味しているのだろうか。時間はかかったが、ハチの群れはそのうち隣の庭の杏子(あんず)の樹を選んで集結していき、風の当たらないやや薄暗い根元近くの枝にきれいな乳房状の蜂球になって落ち着いた (写真1)。

乱雑で混乱したような状態から一転して、皆がある一か所に集合し安定化するというこの集団行動のすごさには驚かされる。リーダーがいない中での集団意思決定はどうやって?よくフェロモンを使うと言われるが音もあるのか、他の何かなのか?

蜂球そのものにも秘密が隠されているのだろうか?よくある質問で「蜂球の中心 (芯)に何が入っているの?」と聞かれる。ハチのそれぞれが枝に取り付き下方に塊を作るので、芯はない。裸の指を蜂球に突っ込んで探ると分かると、ニホンミツバチに精通していた久志さん(故人)は著作(*)に記している。

蜂球の外側(外皮)ではハチは6本の脚を使って縦と横にスクラムを組み網目を作っているが、内側は縦方向にヒモ状に伸びて縄のれんのようになっているとか。 外皮の内側にあるスペース内には、探索バチが戻ってきて新居候補の情報をダンスで示すところがあると久志さんは解説している。蜂球を作っているハチのそれぞれの並び方については、頭を上にするニホンミツバチと下にするセイヨウミツバチの違いも記述されている。私もかつてセイヨウミツバチを一緒に飼っていた 時があったが、その群れが分蜂時に作った蜂球はパイナップル状に長く、ニホンミツバチとは逆で確かにハチたちは逆立ちした並び方だった。

前回の夏分蜂(1 回目)の際は、帯状になった塊からの回収に苦労したが、こんどは断然取りやすい状態。最近では私と妻は分蜂に慣れてきて、それが起こりそうだと判断すると、分蜂回収の装備と空の巣箱を引き出して待機する余裕がある。いつものようにポリのゴミ袋に球を落とし込んで巣箱に移し、翌日までその庭に放置した。

既にニホンミツバチ 2 群が我が家の管理下で生息していた。それらと元の巣箱を同じくする 3 群目がそのまま居付いてくれる可能性は低く、逃げ出す結果になるだろうと思った。少なくとも 3 群を養えるほどの蜜源が周辺にあるかどうか疑問だった。そこで養子にやる先を探した。希望を募ったところ、今津町のミツバチまもり隊会員が手を挙げてくれたので、そこに移住させることに。2 日後、無事もらわれていった(写真2 是永氏提供)。(タイサク)

<* 久志冨士男『ニホンミツバチが日本の農業を救う』高文研>

マキノの庭のミツバチ日記(53)

急な夏分蜂に振り回された

6 月 8 日朝、薄日さす 8 時半ころ、妻 Y が庭に妙な音がすると言い出した。その内、裏庭で騒ぎになっていることが分かった。ニホンミツバチの巣箱に分蜂(巣別れ)が起きたのだ。去年の我が家の夏分蜂は 7 月の初め頃と記憶していたので、こんなに早いとは思わなかった。しかもこの日、私は昼から神戸に出かけざるを得ない用事があり、朝から準備すべきことが貯まっていたので慌てた。

庭に飛び出してみると、飛んでいるうちの 1 頭が近寄ってきた。前の時もそうだったが、蜂蜜を満タンにした体が重いのか、私の肩を借りて一服したいようだった。だが、こっちも群れの行方を探るのに忙しい。体をひねって「肩透かし」してやった。

まとまりがはっきりしないハチの群は、隣のコンクリート 2 階建ての屋上付近で飛び交いながらも停滞し、あちこち模索している様子。やがて移動して、2 軒隣りの S さんの敷地にあるサクランボの木の上にまとわりついた(写真1)。そこはセカンドハウスとして使われている家で、あいにく家主の S さんは不在だった。 しかし、我が資産(?)の一部を流失しかけている緊急事態にあるということで、 後ほどにお詫びを入れることにして、庭に入らせてもらった。ハチの群はみるみる固まっていき、樹の幹の下方で帯状の塊になった。いつもながら、群れの統率が効いていることには感心させられる。

そのサクランボの幹の円周が 30 センチほどのところに、厚手の毛糸の靴下を穿いたような格好になった(写真2)。そして樹の根本付近を移動中の女王バチを一瞬だが見てとれた。セイヨウミツバチと違って、体は他の働きバチとそれほど変わらないが、腹部が大きく長くて色が黒っぽい。

この帯状になったハチの集合は珍しい。私は初めて見たタイプだ。午後に雨が近いときだったので、傘状の樹の内側で最も濡れにくい中心部(雨傘でいえば中棒またはシャフトと言われるところ)に雨宿りするつもりなのか?それとも探索バチのためにダンス・コンテストの舞台として見やすいところを選んだのか、などと空想をたくましくした。だが問題は、いつものような枝からぶら下がった半球状の蜂球と違って、とても捕獲しにくい形になっていること。

カミさんと思案し相談の末、幹の両側から二つのポリ袋をそれぞれ突き上げるようにして群れを削ぎとることにした。例によって働きバチ同士がスクラムを組んでいたので、ドサッと固まって袋に落ち込む。それでも逃げた分は、再度集まったところでもう一度回収作業をやりなおした。近くに置いた巣箱の中に袋の中身を傷付けないように落とし込み、最後に天板をかぶせた。箱の外にうろうろしていた者たちも、箱の下部の巣門から次々と中に入っていく。なんとか昼までには新しい巣箱に取り込むことが出来た。

捕まえたハチの量が多かったので、恐らく今回の分蜂で出てきたのは母女王バチと大勢のお付きのご一行だろう。母バチならずーっと以前に交尾が済んでいるはずだ。新しい箱に入って早くも 3 日後には、朝から花粉の運び込みが頻繁になった。安定した産卵が始まったのだろう。のぞき窓から見ると造成中の巣板らしきものが見えてきた。

元の巣に近いところで分蜂の群を飼い続けることに何度も失敗してきたが、今回が初めての成功例。捕まってすぐに天気が悪くなり、他へ移動する機会を失ったのかもしれない。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(52)

どこからか来た分蜂群、松の枝で一夜を明かす

昼過ぎのこと、前の家の庭で騒ぎが起きたらしい。呼ばれて見に行くと、2千頭ほどのミツバチの群がほぐれながらも大きな円周を描きつつ飛びまわっていた。 ウチの巣箱のミツバチ嬢たちが遠征して暴れているのでは、と一瞬思い「お騒がせを…」と言いかけて思いとどまった。そんなはずはない、さっき巣箱をみたときは軽い「時騒ぎ」があり、それも終わっていたから。でも、大阪府のS先生から夏分蜂(*)が起きたとのメールをもらっていたことをすぐに思い出した。この地でも夏分蜂の季節になって、どこからか出てきた群れなのかもしれない。5分も経たないうちにその群れは庭の隣の砂浜に移動し、やがて松林の中の1本の樹の枝に集結して塊(蜂球)を作った。

その蜂球から時々2、3頭が出て行き、また逆に戻って来るのもいる。この連中は探索バチで、新しい住処候補を探しに出ているのだろう。ところでこれまで住み着いていた巣は一体どこだったのだろうか。たいていは蜂球を元の巣の近くに作るので、あたりの探せるところを当たってみた。怪しいと思ったのは浜に置かれた古い倉庫だ。管理が悪くあちこちに破れ目があり瓦も一部が落ちている。ミツバチの自然巣が出来ていそうな場所だ。ただ残留組のハチの出入りがあるかと探したが確認できなかった。

松の枝の蜂球を眺めているうちに、それが捕獲できそうな位置にあるように思えてきた。脚立(きゃたつ)と手網があればいけそうだ。ただ、すぐ近くの浜に子供連れのキャンプ客などが遊んでいる。分蜂の時のミツバチは概ね大人しいのだ が、それでも多数で飛びまわられるとパニックになる人も出てくる。ここは諦めざるをえなかった。

後は、この群れがいつどの方角へ飛び立つのか見届けようと30分を置かずに度々見に行ったが、連中は居座り続けてついに夕方になった。暮れてきてもハチたちの動きはなく、湖面の上に上った満月が、枝に眠る蜂球を見守るかのように柔らかい光を投げかけていた。

翌朝6時過ぎ、昨夜のハチが気になり松林を見に行ったら、まだ松の枝に静かに留まっていた。こんなに長逗留の蜂球をこの地で見たのは初めてのこと。これまでの経験では、たいていは30 分でどこかへ飛び去ってしまう。長くても4時間くらいが最長だった。しかし、前に神戸市にいたとき、JR灘駅の近くで植え込みのビワの木に蜂球が留まっているのを見つけたことがあったが、それは2日ほど動かなかった。時間をかけてよりましな候補地を選ぶのはよいが、長居をしすぎ るとスズメバチなどの天敵襲来や天候の悪化などのリスクも増えるので、兼ね合いが大事。ダンスで新居の最適候補を決める場合、同じくらいに魅力的な候補地 が複数あると選定の決着がなかなかつかず、出発までに時間がかかるといった例もあるとはいう。

飛び立つ瞬間を見たかったが、あいにくこの日は家族旅行に出る予定。後ろ髪を引かれる思いでその場を立ち去った。翌日の昼に帰宅するとすぐに見に行ったが、 蜂球は跡形もなく消えていた。どこに行ったのだろうか。多分じっくり候補地を選定して、気に入ったところに入居していったのだろう。(タイサク)

<* 夏分蜂=春の分蜂で生じた群から6、7月の頃にさらに起こる分蜂。孫分蜂ともいう>

マキノの庭のミツバチ日記(51)

初夏の蜜絞り

庭のニホンミツバチの巣箱で、4月に3度の分蜂(巣別れ)が起こり大群が出て行った。その後の巣箱は広すぎるにちがいない。ニホンミツバチによる管理が行き届かないところがスムシに侵略されがち。そこで、巣箱の上方(1 段目の箱枠) を切り離すことにし、そこからの蜜絞りをすることを思い立った。私の相方として妻Yを抜擢し、たまたま帰省していた長女を写真撮影班に任命。家族だけでの蜜絞りは初めてのことだ。

例の装備(面布に手袋、白い厚手の服)で身を固め、夕方近くまで待って出陣。 巣箱は移動させず置いたままの位置で作業にかかった(写真1)。まず天板を切り離すと蜂蜜を含んだ7枚の巣板が詰まっているのが目に入る。ついで1段目の箱枠の下の隙間に針金ワイヤーを差し込み、両手を使ってしごきながら手前に引き寄せて巣板を切っていく。ワイヤーが時々ひっかかって動きが停まることも。時として主導権を奪おうとする相方Yの口と手を不器用にかわしつつ、何とか最上部の箱枠をとりはずせた。新しい天板を納めて第1段階は終了。作業はほぼ順調にいったが、途中ハラハラする場面も。うっかりして巣箱をずらしてゴトンと大きく揺らしてしまい(それも2度も)、中にいるハチたちが怒って騒ぐのではと焦ったこともあった。

取り外した箱枠1個には働きバチがまだ残っているので、巣箱の入口近くに箱枠を置いてやった。すると不安げに居残っていたハチの百頭ほどが、なんだかあっさりと職場放棄して、そそくさと元の巣箱に戻っていった。10分くらいの間には箱枠にハチがほとんどいなくなった。後はそれを家の裏に運んで内の巣板を取り出す作業。ここからは妻Yが得意とするとこ。巣落ち(夏場の高温のときにロウでできた巣が落下すること)を防ぐため箱枠の中に張ってあった緑色のビニル被覆鉄線の数本を抜き取ると、がぜん作業はやりやすくなる(写真2)。

巣板から切り出した断片は金ザルに集め(写真3)、さらに細かく砕いておく。滴り落ちる蜜はリード紙でろ過してホウロウ鍋に集める。夏場は1日半ほどかければ蜂蜜をほぼ回収できる。結局、純粋蜂蜜2リットルほどを採取できた。春の分蜂で大量に蜂蜜が持ち出された影響か、収量は前回の7割くらいと少なかったが、 より濃厚な感じ。トロリとした琥珀色の液を1サジすくって口に含むと、独特の良い香りと濃厚な甘みが口に広がる。

しかし、蜂蜜を得ても食用にしていいかどうか考えるべきことがある。ボツリヌス菌が芽胞(がほう)の状態で蜂蜜に含まれていることがまれにある。消化管の未発達で芽胞を除けない1歳未満の乳幼児に蜂蜜を与えるのはリスクがある。ただし、ウチに該当者はいない。次のチェックはトリカブトなど有毒植物からの花蜜が来ていないかという点。だが我がミツバチが飛ぶ範囲ではまず危険な花はない。残る問題は、近くの水田に撒かれた残効性農薬ネオニコの混入の可能性。昨年の千葉工業大の研究では、東京都と8県から採取した蜂蜜73サンプル全てにネオニコ系が検出され、28製品の内18で農薬残留基準(暫定)を超えたという。 ただし、十分低濃度なので直ちに健康に影響することはないと報じられている(ど こかでよく耳にした文句!)。自家用とはいえ、しかるべきところで定量分析(有料だが)をしてもらった方がよいのかと、また新たな悩みに直面してしまった。 (タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(50)

ハニーウォークに出かけた

5 月晴れで風もさわやかな土曜日、私たちが「ハニーウォーク」と呼ぶ散策に出かけた。昨年秋の同様の企画は台風のため中止だったが、今回「、ミネモリサンチ」(*)を屋号とする峯森さん夫妻の協力で実現。今日のイベントは「滋賀県いきものふれあい室・生物多様性保全活動支援センター」の主催で一般参加型。5月観察会のテーマは「ミネモリサンチのミツバチと田屋城址散策」というもの。この日の会だけ共催(支援)という形で、ミツバチまもり隊から隊長の小織さんと私を含め3名が加わった。リーダーの青木先生とスタッフ1名を加え参加者総勢18名(その内、小学生、中学生各1名)。

山の端にあって雑木林や水田を含む広い敷地の内に案内され、早速あたりを見学。 ウサギ2羽や鶏のウコックケイ10羽ほどが飼われていてにぎやか。「ホルン」と呼ばれる1頭のヤギも、柵の中からであったが差し出される草を次々に食べて、 たちまち人気者になった。雑木林にも足を踏み入れ、青木先生から植物の名前や植生などの説明を受けながら散策(写真1)。昆虫ではハナアブやマルハナバチなどはいたが、ニホンミツバチは遠征中なのか花に停まって吸蜜している姿は残念ながら見られなかった。峯森さんによると、昔はミツバチがワーンワーンと騒がしいほどいて飛び交っていたが、5年ほど前から少ないとのこと。熊も近くの山にはいるが、熊を嫌って排除するというのではなく、万一に来てしまったら仕方ないというお話も印象的だった。

本番の1つであるミツバチタイムでは、まず貸与の面布(防虫網)を身に着けるところから始まった。庭の隅に2台のニホンミツバチ巣箱が置かれている。忙しく出入りする働きバチの様子をすぐそばで観察でき、参加者たちは引き込まれるように見入っていた。(写真2)。その後は、ミツバチについての紙芝居形式のクイズで理解を深めてもらう試み。私も説明役のひとりとして参加し、最近分かってきたミツバチのダンスのメカニズムなどをコメントした。

昼食後に近くの田屋城址へ向けて出発。山道は険しいというほどではないが、昨年秋の台風の爪痕か、根元から引き倒された大木が近くに横たわっているところもある。青木先生が毒を持つ植物として指し示したハナヒリノキのところでは、 蜂蜜に花の毒が入るかどうかという話が盛り上がった。マダニ(死に至る場合もある)やヒルに注意してと声がかかる。マダニに咬まれて発病し苦しんだというスタッフの女性の話は参考になった。高度が上がっていくと、S 字型カーブに竪堀や土塁などの遺構が見て取れるところがあり、脚を休めながらリーダーの説明を聞く。この山城は本格的な造りだったそうで、戦国時代のころに浅井氏小谷城の支城として重視されていたというのもうなずける。

やや急な坂もあり呼吸が荒くなったところもあったが、出発から約30分後に海抜3百メートルになる城址に着いた。湖対岸の米原・長浜までよく見える(写真 3)。竹生島がいつもよりも手前寄りに見えるのは、高いところから見ているから だろう。ちょうど田に水が張られる時期で、水鏡が空を映して美しい。私が住む マキノ町湖岸の集落も見え、我が家の屋根も双眼鏡で確認できた。この日、一日中お天気に恵まれ気持ちの良いハニーウォークができた。(タイサク)

<* http://minemorisanchi.main.jp/ なお、写真2、3は小織氏による>

マキノの庭のミツバチ日記(49)

サクランボの木がたわわに実るころ

裏庭に置いているニホンミツバチ巣箱の巣別れ(分蜂)も終わり分蜂群捕獲の用がなくなって、表庭にキンリョウヘン(蘭)の鉢を放置していた。すると、そこにポツリポツリとではあるが他所からの訪問者があった。まぎれもなくニホンミツバ チだ。傍に空の巣箱を置いたら(写真3)それに関心が移ったのか、内部に入り込みじっくりと点検するものもでてきた。

引っ越し準備中のどこかの巣(あるいは蜂球)から来たと思われる偵察バチが、空からカーブを描きながら直接に箱の巣門へ飛び込むのを目にすることもあった。 ここまでくると、ひょっとしてミツバチ一家の転居先になるかとの期待を抱いたが、後が続かず引っ越しはなかった。残念ながらミツバチの「新居選択会議」で 不採用になったのかも。

凋落(ちょうらく)を始めたキンリョウヘンの花に代わるようにして、裏庭のサクランボの木に実がつき、鈴なりになって赤く熟れてきた(写真1、2)。こんな に豊かに実ったことは近年なかったこと。昨春には近くに巣箱が置かれてなかったのだが、今年3月のころは庭のミツバチ外勤部隊が入り込み活躍していた。それで、受粉が十分にできて文字通り実を結んだのだろうか。赤と緑の補色が鮮やか。赤色がちゃんと認識できる鳥たちの目を惹くはず。実際、実をついばみに来 る鳥たちでにぎやか。そして我が連れ合いまでもが、ジャム作りめざして小鳥た ちと熟れた実を取り合うのに忙しい。受粉が必要な時機にはミツバチたちを惹きつけ、実がたくさん生る(なる)とこんどは小鳥たちに食べさせて種を遠くまで 運ばせる。サクランボのその生物学的戦略はみごとに当たっている。

以前、サクランボがその白い花を咲かせた 3月の頃、EFSA(欧州食品安全機関) が、ハチ類に害を与えるネオニコ(ネオニコチノイド系農薬)について評価報告書を出したことを書いた(「マキノの庭のミツバチ日記(43)」)。その後日談になるが、4月27日に、ミツバチ(ヨーロッパ在住の?)への朗報がもたらされた。 EFSA が公開した科学的調査結果の答申を尊重して、EU の執行機関である EU 委員会は、28か国の投票によりネオニコ 3 種の屋外使用禁止(暫定ではなく)を決定した。禁止の内容については、まだ不完全・不十分な点が指摘されるが、長 年の懸案が解決方向に動いたのは歓迎すべきこと。

以上はヨーロッパ(EU)内の動向であるが、ネオニコはグローバルに使われていて、EU だけでなく米国やお隣の韓国においても、いくらかの規制がなされてきた。今後、ネオニコ規制の傾向は一層加速されると思われる。ただし日本国内で 問題解決に動くかどうか。これまでの関係省庁や自治体、農業界、マスコミの対応状況・経過をみると、決して楽観は許されない。(タイサク)

マキノの庭のミツバチ日記(48)

分蜂祭を終えて宿題もらう

春の分蜂(巣別れ)の時期も終わった。今年の春3回の分蜂は、個人的には年に一度のワクワクするお祭り騒ぎだった。だが後に気になることがいくつか残され た。

1つは、分蜂と音の関連についての関心が呼び起こされたこと。セイヨウミツバチでは、羽化したときの新女王の鳴き声が次の分蜂開始を知る手掛かりになるらしい。最近、ハチ友の井上さん経由で、友人の養蜂家が記録した処女王バチの鳴き声の貴重な録音コピーをいただいた。そのセイヨウミツバチ女王は、鶏の鳴くようなかん高い威圧的な音を発する。シーリー博士の本(*)でも、最初に羽化した処女王がプープーと高い音で鳴き、まだ王台の中にいる妹がガーガーと低い音で応えるとある。この姉妹の間の「会話」のあと、平和な巣別れ(第2分蜂など)に至ったり覇権を掛けた身内殺戮になったりするというドラマチックな展開は、多くの人に語られてきた。

今回の分蜂時に巣門付近でマイクに拾い集めたにぎやかな音には、普段と違う高い音(高周波)が乗っているように思えた。シーリー博士の本にも、分蜂への飛行に備えて、働きバチが高い音を出して周りの者たちを飛行態勢にもっていくといった記述がある。先の女王の鳴き声のような情報は望むべくもないが、分蜂の真最中の音データの解析は、時間がかかってもやってみたい。

2つ目は、出て行った分蜂群の「その後」について思うこと。三女にあたる新女王が受け継いだ「本家」巣箱は、今のところ安定している。盛んに花粉を抱えて働きバチが戻っているので、産卵が順調のようだ。もちろん、婚姻飛行も無事終えたのだろう。この時期はツバメの活動も盛んで、ミツバチは格好のエサであり、 特に飛び方の遅い女王は捕食される危険がある。女王がツバメに捕らえられれば もうコロニーは続かない。ツバメさんたち、どうぞお手柔らかに!

今回の分蜂群でその行方がはっきり分かっているのは、前に書いたようにミツバチまもり隊小織さんの家に引き取られた一群。既に分蜂時から3週間は経っている。その巣箱の中の様子が分かるメールが送られてきた(写真=分蜂から1週間 の時点のもの。小織氏による)。巣箱の下方からスマホを入れて撮影したもので、鮮明に撮れている。中央付近に黄色の盛り上がりがあり、巣板がかなり出来ているのが分かる。群れの中にところどころ黒い腹部が見えるのは雄バチ。女王の姿が見えないが、産卵で巣の奥に入り込んでいるのだろう。我が庭から出て行った群れでも、このように消息が分かり成長を見ることができるのは楽しい。

巣別れで出奔し行方知らずのものたちはどこでどうしているのだろうか。出て行った方向としては北の方というのが大体は共通している。その方向に山があるのでそこに行ったのかもしれない。だが、町の中に留まっている可能性もある。マ キノ町海津では、数年前のことだが、空き家の縁(えん)の下にあったニホンミツバチの自然巣を熊が襲ったことがあったが、空き家のため発見が遅れた。県下でも近年は空き家が増えて管理上の問題になっているところもある。人の干渉がなく荒廃していく家屋はミツバチにとって都合よい隠れ家だ。近ごろでは、空き家(特に廃屋)の前を通るときには、ミツバチの姿がないかとつい熱心に観察してしまう。(タイサク)

<* シーリー(片岡訳)『ミツバチの会議』築地書館>