王国の落城
前に書いたように、キンリョウヘンを脇に置いた箱にミツバチが自発的に入ってくれて、大歓迎で受け入れたのは忘れもしない5月17日だった。だが、早くも2週間たたないうちに、不幸の影が訪れてきた。飛び方の妙な働きバチがいる。よく見るとKウイング(羽が4枚に開いてKの字に似た形)のものもいる。その内、巣箱の前に降りて徘徊するものが2、3頭。これはアカリンダニにやられたのかもしれないと思って焦る。2、3日前には見られなかった現象だ。急にこんなことになったのか。早速に徘徊バチを数頭捕まえ冷凍30分の後、顕微鏡で見ながら開胸検査。胸部左右に1対ある太さが約0.1ミリの気管の内にアカリンダニが潜んでいるのを見出した。調べたハチはどれもそんな有様だ。気管の中が汚れ黒ずんでおり産みつけられた卵までもあるので、年季の入った感染のようだ。
さらに巣箱の内の様子を見るため、前扉を開けて携帯を突っ込んで動画を撮影した。箱の隅に白く巣板が見える。ハチの数がかなり減っているように思えた。ダニを抑えるメントール(ハッカ)を入れておいたが遅すぎたかも。この一群が我が家に飛来する前、元の巣にいるときにすでにダニ感染が進んでいたのかもしれない。しかしそれでもまだ外勤から戻ってくるハチがいて、この群れは細々と命をつないでいるようである。
終末近い巣箱からよろめくように飛び出し空に向かう働きバチは、それでも力を振りしぼり仲間が待つ花蜜を求めて飛ぶつもりなのか。いや、本能に突き動かされながら行動しているだけなのか、などと巣箱のそばに立って想いをめぐらす。疲れ切った様子で帰ってきたハチにも、「よく戻ってきた。君の最後のフライトか。」と声をかけたくなり、過度の感情移入に気づいて苦笑してしまう。私も立派に(?)老人になってからは、能力(ちから)衰えたものへの共感をもち易くなった。
しかし、ついに王国の終わりを確認する時が来た。巣箱を開けると、80ほどのハチの死体と30ほどの頼りなげな働きバチを残し、王国は見る影もなかった。わずかに掌ほどの2枚の巣板が、栄華の名残をとどめていた(写真)。多数の巣房(巣を構成する六角形の小部屋、差し渡しが5ミリほど)に貯められていたはずの蜜は全て吸い出された跡がある。花粉は床に積もるように落とされていた。働き手が蜜を運べなくなり、多くの残留バチが餓死したのであろう。蜜を求めてか、巣房に頭を突っ込んだまま死んでいるハチもいた。8匹ほどの幼虫が巣房に残されているのも見てとれたが、女王の姿は確認できなかった。
さて、このように気落ちする悲劇的な結末だったが、ミツバチ日記はこれにて終わりということにはならない。次回は裏庭に居を構える別のミツバチ一家について、その動向に目を向けることに。(タイサク)