夏分蜂起こる
思えば前日の昼に見た巣箱前でのにぎやかで激しい「時騒ぎ」(若バチの訓練飛行)は、今日のための特訓だったのかもしれない。庭にある巣箱は、今年の5月初めに捕らえられた分蜂群(巣別れをした群)だった。それが夏になってさらに分蜂(夏分蜂とか孫分蜂といわれる)することが予想されていた。まさにその夏分蜂が起きた。
朝8時すぎにY(妻)が台所の窓越しに飛び回るミツバチの群を見て警報を発した。その時はすでに松の木の高いところ付近を、ばらけたハチの無数の群れが煙のように立ち上り拡散しさまよっていた。ハチたちは、やがて7mほどの高いところにある松の木の枝に急速に集まって塊(蜂球)をつくり、羽音の重なった騒音が止んであたりに静けさが戻ってきた。この高さだと私の力量での分蜂群回収はほぼ絶望的。しかし庭師にしてミツバチまもり隊隊長の小織さんに電話してみると、早速、長い梯子(ハシゴ)をもって駆けつけてくれた。
「初めての経験ですけど」などと言いつつ、彼は庭師らしい慣れた足取りで梯子を登って、ゴミ用ポリ袋に蜂球を落とし込んで回収し(写真)、庭に用意した空き巣箱に取り込んでくれた。それに先立ち、蜂球の宿った枝から突き出た邪魔な小枝をうまくカットし、取りやすくしていたが、その際に、ミツバチに指をやられたという。「ハチに刺されて死ぬのなら本望」と言いながら、毒針を抜きとり吸引器で傷口を吸った後、軟膏を塗っていた。
しかし、このような犠牲を伴った我らの最初のアタックは、どうも女王を取り逃がしたみたい。女王が入っていれば、巣箱の入口テラスに出た働きバチ数頭が、尻を上げて未着の仲間の呼び込みをするのが見られるはず。だが、一向にその様子がなく、むしろ元いた枝の方に飛んで出ていくのが目立つ。そして、蜂球が付いていた枝のあたりが、こんもりとしたふくらみを取り戻してきた。
そこで第2次アタック隊出動となるが、木登り本職(?)の小織さんは仕事で帰ってしまっていた。と言っても私とYだけしかいない。ついに私が梯子に上り回収にあたることに。2階くらいの高さのところなので、気が進まない。落下して脊髄損傷、寝たきり老人直行、などと沸き起こるマイナス・イメージトレーニングを振り切っての強行。最近ではハチのことになると特に熱心な我が連れ合いは、今回の緊急事態でハイの状態に。「梯子の下を押さえておくから」というYのランランとした眼(まなこ)に追い立てられるようにして、1段また1段とゆっくり登って行った。蜂球近くに来て手を伸ばすと、さすがに体のバランスがとりにくい。深呼吸の後、何とか足を踏ん張って、袋の中に蜂球を一挙に落とし込む。ドサッという音とともに手応えを感じた。口を閉じて地上まで降ろして、騒がしい虜囚たちのいる巣箱にふたたび押し込む。今度はうまく女王がかかったと見え、巣箱玄関口での呼び込みが見られ、一方、元の枝から塊が次第に小さくなってついに消えた。
分蜂群は元の家族と餌場を争うのを避ける傾向があると聞く。そこで遠くに移すことにした。譲渡希望を申し出られたマキノのあるお宅を嫁入り先に選定。その地は山際でハチを飼うには良さそうな環境のところ。封印した巣箱を送っていき、胸に生じた小さな空隙を抑えつつ、セッティングを見守った。(タイサク)