ダンス言葉を読み解くミツバチの脳
冬ごもりが続く間に、日ごろ手にしなかった本などを読むことにしている。ある論文には驚嘆した。ミツバチが尻振り(8の字)ダンスで仲間に花蜜のある場所の位置情報を伝えることは、フリッシュ博士の発見によって既に広く知られる。 だがそのダンス言葉がミツバチ自身でどのように解読されるかは謎であった。
その論文とは、昨年秋に福岡大学の研究グループが、セイヨウミツバチの脳内に尻振りダンスで生じる特徴的な音から距離を検出する神経集団(回路)を発見したというもの(J. Neurosci. 誌に掲載)。たかが虫の脳と言うなかれ。最近は虫の脳も人の脳の基礎研究にヒントを与える可能性が言われてきている。
尻振りダンスのような行動は目で見て分かるし興味を惹くが、実際にダンスが周りの蜂の体の中でどのように受け取られ意味を持つかは外から見えない。そのブラックボックスみたいなものの内側で主役を演じるのが神経細胞。ミツバチの神経細胞がどのように情報を運んでいるのかを知ろうと思えば、極細の電極を個別の細胞に差し込んで電気記録を取らねばならない。ミツバチの脳がいくら小さいといっても、細胞の数は無数と言ってよいほどで、それらを生きたままの状態で 調べるには根気のいる繊細な作業をやらねばならない。大概の者は途中で断念する。今回、困難な仕事をやり遂げた研究者たちはすごい!と思う。
さて、ダンス解読の話に戻ろう。巣の中は昼でも暗闇なので眼が使えず、音や振動が情報伝達の主な手段になる。ダンサー(偵察バチ)の尻振りダンス(イラス ト参照)は蜜源などの場所までの距離と方角を表す。ダンスでは直進部(波線部) を通るときに翅と腹を震わせる。その時出す一連の断続音は周りの働きバチの触 角に捕らえられ、神経繊維を走る信号(電気パルス波)の形に符号化され、脳の 聴覚担当部に送り届けられる。この度の研究で、ダンスの断続音の長さから距離 を解読(解聴?)している聴覚回路が実際にミツバチ脳の中に初めて見出された。
情報の流れはそこではどうなっているのだろうか。実は、神経細胞同士の微妙な調節がなされている。ある神経細胞は、ふだんはお隣さんの細胞に抑制をかけ暴走(?)を抑えているが、音の信号が到来している間に限って抑制を止める。その間、相手の細胞は自由になって電気パルス波を発信する。この一連のパルス波信号の長さにより、多分目標までの距離が認識される。これらの細胞は、ダンサーが出す特徴ある短い音パルスに対し最も強く敏感に反応するが、それ以外の音や雑音はほとんど無視する。つまりラジオの選局(同調)機能のようにふるまっているのだ。
距離の他に、蜜源のある方角の情報は、上下方向と直進部(図の波線部)の間のズレの角度で表される。上記の細胞の仲間のひとつが、ズレの角度の解読に関与する可能性もあるそうだ。距離と方角が分かれば、特定の一地点が指示される。 ダンス言葉を成り立たせる仕組みが、あの小さなミツバチ脳にあることが解き明 かされつつある。我が家のニホンミツバチたちにもこの回路はあるのだろうか。
我々人も生きていく上で多くを頭脳に頼っている。ミツバチの脳の今回のような研究が、「認知」とか「思考」ということの意味をあぶり出すかもしれない。そんなことを思うと楽しくなる。(タイサク)