木蔭の読書に 101冊目の本を!
めったにそういう機会はないのだが、7月の祝日「海の日」に、京都のレイチェル・カーソン日本協会関西支部のセミナーに呼ばれて、話題提供を行った。「ミツバチとネオニコチノイド系農薬」がテーマ。話としては、日ごろ「ミツバチ日記」で書いてきたことなどを少し詳しく説明した。
レイチェルは、DDTなど化学防除剤による環境汚染について警鐘を鳴らした本、 “SILENT SPRING”(1962年刊、訳本は『沈黙の春』新潮社)を書いたことで 世界中に知られ、世界を変えた 1冊の本と言われる。その彼女はもともと海洋生物学者で、著作『海辺』などは既に 50年代の米国でベストセラーになったほど。 海の生物や自然についての深味のある解説が、波の寄せるようなリズムをもった美しい文章でつづられている。レイチェルは、生物多様性や食物連鎖など生態学の知識はもちろん、当時としては新しい発がんの機構や生理学にも造詣があり、その能力は『沈黙の春』に開花した。
新潮社発行の新潮文庫の内から選ばれた「100冊の本」が毎年公表されてきた(今年選ばれたのは、上巻・下巻の本も数えて 110冊)。ほぼ毎回のように入っていた『沈黙の春』が今年は抜け落ちたと、協会関西支部の方は残念がる。だが、現代的な本によって 100選から押し出されたとはいえ、レイチェルの本はその価値を失わない。現在でも当時と似たようなことが繰り返されている。今問題のネオニコ農薬が、人にはほとんど無害と言われ「夢の農薬」とされてきた現実があるが、 DDTが登場当初は人に無害と言われてきたと彼女の本にもある。文明批判と言ってもよい彼女の警告は、今も、いやむしろ今の方が切実に響く。
一方、私が最も関心をもつミツバチの方に目を向けよう。ドイツで活躍してきたフォン・フリッシュ博士は、ミツバチのダンス言葉などの行動研究でノーベル生理学医学賞を授与されている。かつて、ミュンヘンで行った講演では、殺虫剤 DDTなど化学防除剤使用が、最終的に使用者(人類)をも犠牲にするとし、また原子力の平和利用といえども、私たちの生存空間の汚染を増大させる危険を内包していると語った。「人間は知能を持っていますが、しばしば、自分が作り出したものが、いかに理性を欠いたものであったかと気づくのに、遅きに失するのでありま す。」(「昆虫-地球の支配者たち」1958 年)。
博士の後に続いた研究者らにより、ミツバチが学習や記憶、複雑なコミュニケーションなどをなす高度の神経系をもつことが証明された。そのミツバチの微妙なところを知らずに、たとえ微量でもネオニコなどの神経毒を使えば、死に至らなくてもコロニーに影響を与え、悪くすると崩壊にいたる。今やその辺のことが見えてきた。
ところで、講演のなされた 1958年といえば、レイチェルが友人オルガからの手紙を受けた年にあたる。歯止めのない農薬散布により自然界に起こった危機に心動かされ、『沈黙の春』を書き始める動機になったと記された年だ。ちょうど同じ時期に2人の偉人が同様の警告を発していた。「自然に対しもっと謙虚に!」と いう警告から半世紀も経った今、なおその意味は大きく重くなってきている。
木蔭といえども暑すぎるこのごろ、クーラーのある部屋で命の危機を回避しながら、101冊目(あるいはもっと後?)となったレイチェルの本を読み返してみるのもいいかもしれない。(タイサク)