マキノの庭のミツバチ日記(80)

あいまいさのあるダンス言語、でもそれもOK

ミツバチが活躍する季節がきてウチの働きバチたちも盛んに飛び始めた。彼女らの収穫ダンスが活発に繰り広げられるのだろう。だが、ダンスそのものの役割や信頼性への疑問も昔から出されてきた。もちろん、8 の字ダンスのベクトル情報 (距離と方向を示す)が確かに餌場や新居の位置を示せるしダンスに追従する働きバチ(フォロワー)を導くことは既に多くの実験で証明されている(日記でも度々取り上げた)。だが約 10 年前にアルゼンチンでなされた野外実験は、ミツバチのダンス言葉への思い込みを破るものであった。

特殊な実験条件の下でだが、ダンスのベクトル情報を優先するか、臭いによる場所記憶優先かで綱引きさせた実験がなされた。それによるとダンスに無関心なハチがいて、たとえ 2、3 回はダンサーに追従してみてもその情報を無視して、自己の記憶を優先し別の餌場に行くフォロワーがいるとのこと。また他の研究者からは、8 の字ダンスがミツバチ脳の 100 万個ほどと数少ない神経細胞でもって解読出来るか疑問だ(私はそうは思わないけれども)とし、ダンスをくしゃみか汗のような生理的反応みたいに見る辛口の見解すら出てきた。

ダンサーが持ち帰った餌サンプル(蜜や花粉)の臭い自体は、フォロワーが餌場の位置を知る手掛かりになることがある。臭いだけでは遠くの餌場の方角を直接指すことは出来ないけれど、フォロワーにその臭いのある場所を訪れた記憶があれば、場所の地理的位置も思い出して出発出来るだろう。これにも高い記憶力が必要だが昆虫独自の進化を遂げた神経回路をもつミツバチには可能であろう。

一方、見ていても分かるのだが、8 の字ダンスの直進部(尻振り走行部)が示す餌場の方角も必ずしも一定ではなくて角度で±15°くらいの誤差を含む。あいまいさを含む情報のもとで採餌行動を行うので収穫に失敗する確率も小さくはないと一応は予想される。このことは岡田博士(徳島文理大)らによって詳しく調べ られている(「計測と制御」誌、2007 年)。

誤差が大きいのは生物の世界では当然のことだが、ミツバチでは大勢の群でもってダンスで指示された方向に動くので、とるべき方向が行動学的な理由で平均化されて誤差が小さくなることがある(**)。たとえ誤差が大きいために探索範囲にかなりの幅が出るとしても、新たな餌場の開拓に繋がることを考えると必ずしも無駄ではないだろう。また、巣別れでの新居探索では精度を上げる可能性もある。

なお、ダンサーが巣に戻ってダンスをするときに、特殊な臭いを放出することがあるらしい。フォロワーを呼び寄せ収穫出動を促す動員物質が 2007 年に発見され同定されている。

ダンスコミュニケーションは、「8 の字ダンスのベクトル情報」「サンプルと臭いの持ち帰り」「動員物質放出」「千鳥足歩き(日記 29)」「巣板の振動伝達」など行動の進化の結果として得られた総合的な性格のものであろう。

8 の字ダンスがあいまいで時には無視されると聞かされると、ミツバチの賢いイメージが損なわれるように感じるのは頭でっかち人間の想うこと。むしろ多面的で総合的な行動をとるミツバチの姿が分かり、一層認識が深まったと受け止めたい。(尼川タイサク)

注(**)、フイッシャー著松浦訳『群れはなぜ同じ方向を目指すのか?』(白揚社)で、レイノルズの規則として解説されている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA